『誰にも言うなよ?』



首をかしげ不敵に笑う男は


わたしの知っている

“アイツ”からはかけ離れていて


「噛み付いてみろよ。
 ただし——噛み付けるものならな?」


煽ってくる姿でさえも

ドキッとしてしまうくらいに美しい——。



「俺の犬になる?」



だっ……


誰 が な る か !!!










誰 に も
言 う な よ?
________*★




■プロローグ





国語教師の狼谷(かみや)という男を

ひと言で表すならば、


――ズバリ〝地味〟だ。


「それでは、今日は18ページから……」


ひとり言のようにボソボソ話すため、授業がいつスタートしたのか毎回曖昧すぎる。


長身で、やや猫背気味。

モッサリした無造作ヘア。

目にかかるくらい前髪が長い。

無駄に大きな黒ブチ眼鏡をかけている。


「先生、そこは前回やりました」


教卓の前の席に座る、倉田千夏(くらた ちなつ)から指摘を受ける。


千夏は数少ない勤勉な生徒のうちの一人だ。

ショートボブで赤ブチ眼鏡をかけている。


「えっ、そうでした?……すみません」


口調は敬語で一人称は〝私〟。

とてもとても腰が低い。


パラパラと、なにかをめくっている。

手帳だ。

そこに書かれている前回までの授業内容メモを、再確認している模様。




――ドサドサッ。


……教卓の上のテキストを床に落っことした。


それをみて驚いた千夏が「わっ、」と声をあげた。


「すみません、倉田さん……」


――ドサッ。


(……なにやってるんですか、)


先に落ちたテキストを拾おうとして、更に手帳まで落としてしまったらしい。


なんておっちょこちょいなの先生。


クスクスと、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。


「ダッサ。寝ぼけてんじゃねーの」

「まぁいいじゃん。狼谷の授業はラクで」


……あーあ。


生徒たちから完全に舐められている。


それでも、困る様子も怒る様子もなく。


ただマイペースに授業を続けるのが狼谷先生だ。



わたしは、狼谷先生がなにを考えているかサッパリわからない。


なぜかって?


だってね、先生は……。


まだ2時間目だというのにそこで早弁している堀くんも。


授業そっちのけでスマホばかりいじる連中も。


みんな見て見ぬフリをするのだから、驚きだ。


どれだけ先生が鈍いにしても絶対気づいているに違いない。


他の先生なら最低一度は注意をする。


口を酸っぱくして
「起きろ」「携帯没収するぞ」なんていう先生だっている。


その程度は人によって様々だけれど

教師として不真面目な生徒に対しなんらかの注意・勧告をするべき場面を全スルーする。


ったく。

この教師は何を考えているのやら。