「じゃあ、改めてどうぞ。」


にっこりとそう微笑んだ男は手の平を向こう側に向ける。
まるでどこかの喫茶店の中、席へ案内するウエイターのような仕草だ。

この場合、案内されるのは席ではなく、あの世だけども。


「……どうぞって……。」

「誤解も解けたことだし。どうぞ、心置き無く死んで。」


小首を傾げる男を横目に、わたしは足を踏み出す。
さっきは何も感じなかったのに、冷静さを取り戻したからか、勇気を挫かれたからか、足が竦んだ。


段差に足を駆ける。
ぐっと片足に力を入れて身体を引き上げる。
膝に痛みが走った。
けど、その痛みなんて気にならないくらい背筋にゾクッとしたものが駆ける。

わたしの足が丁度すっぽりはまる程度の幅しかない。
さっきもいた場所なのに、その高さを怖いと思った。

不安定で、僅かな風にでも煽られればたちまち態勢を崩して落っこちてしまいそう。

思わずぎゅっと手を握った。