好きな食べ物、音楽、映画。
不思議なほど、話しやすかった。

ホストという職業のおかげか、それとも……

『あー、楽しかった』

夏希はそう言ってベッドを降りるとスーツを手に取った。

『もう時間?』

『そう。 一回は店に帰らなきゃね』

慣れたように腕を通した。

『あ、あのさ!』

『うん?』

『あ……』

また会える?
……なんて言えない。

私達はまともな出会いじゃないんだから。

『絵理。 手ぇ出して』

不思議に思いながら手の平を見せる。

すると、その手に一万円札を数枚握らされた。

『え? 何で⁉︎』

訳がわからなくなって、夏希の腕を掴む。

こんなの貰う事、何にもしてないのに。

『絵理と出会ったの偶然じゃないんだ』

『……え?』

『サラリーマンとホテルから出てきた時から後つけてた』

寂しそうな笑顔。
どうしてそんな事……

『このお金があれば、どのくらい売りしないで済むのかな』

知ってる。
夏希は全部知ってるんだ。

あのオヤジに買われた事も、夏希を騙そうとした事も。

『ホテルに誘ったのも、ちょっとビビらせてやろうかと思ってた』

ごめんね、と呟く。

そうか。
ボランティアだったのか……

『お金、要らないよ』

急に身体が冷えていくのが分かった。

『エッチしてない人から貰えないから』

半分意地だった。
同情なんか要らないって思った。

夏希を睨みつけようと顔を上げる。

その瞬間だった。
暖かい唇が私の口を塞いだ。

触れただけの、中学生のような軽いキス。

『……前払い』

『え?』

『次会った時は遠慮しないから。 前払いで今日払っとくね』

そう言ってまた笑う。
今度は嬉しそうに。

嘘つきな男。
次なんてないくせに。

『いつ会えるか分からないのに?』

『いいよ。 俺が現役のうちに探すから』

もう一度キスをして、背中を向ける。

その後は一度も振り返る事もなく部屋を出て行った……