バシャーーン!
「キャハハハハ!!」
トイレの個室に入っていれば、上から水が降ってきて、女子特有の甲高い笑い声が複数聞こえた。
そして、彼女達が走り去る音が遠ざかっていくのも。
「……冷たっ……」
いくら夏の暑さに近い5月の陽気だとしても、服の上から水をかけられるのは勘弁してほしい。
少し身じろぎするだけで、濡れた制服が肌に貼り付いて気持ち悪い。
真瀬結菜(マセ ユイナ)。
五十鈴中学校2年生。
いじめられっ子の一人です。
私がいじめられるようになったきっかけは、
1ヶ月前のある日……
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同じクラスの桜。
私の親友で、とっても明るい性格の子。
そんな桜がある日……
またしても同じクラスである、向井杏奈(ムカイ アンナ)ちゃんと雨宮汐李(アメミヤ シオリ)ちゃんに、
転んだ拍子に手に持っていたバケツの中の水をかけてしまった。
二人はそれぞれ、誰もが一度は聞いたことがある有名財閥の一人娘、つまりは令嬢なわけで、誰も逆らおうとはしない。
それを良いことに、いつも周囲には何人かの取り巻きを侍らせていた。
そして生まれてから十数年、その生活を続けてきたのだろう彼女達は、案の定、物語に登場する令嬢のように性格が悪かった。
「ごっ、ごめんなさい!!」
濡れた制服を纏った彼女達は、驚きに目を見開くと、次の瞬間にはその瞳に憎悪を滲ませ、桜を鋭く睨み付けた。
「……何してくれてんだよ。
この制服はな、お前ら庶民のと違って特別に高級素材で作ってもらったんだよ!
クリーニング代、支払ってくれんだよな?」
杏奈ちゃんの怒りを露にした荒々しい口調に、桜が震え出した。
その時……
「やめときな、杏奈」
杏奈ちゃんを制する声は───汐李ちゃんのものだった。
その光景を見ていた全員が、
〝この場を収めてくれるかもしれない〟
〝本当は悪い人じゃなかったのかもしれない〟
そう汐李ちゃんに、僅かな希望を抱いた。
「なんでだよ。 そのくらい当然だろ?」
けれど、彼女はその希望を踏みにじり、期待を裏切った。
「───それだけじゃ、あっさりし過ぎてつまんないじゃん」
愕然とする人たちの中で、杏奈ちゃんと汐李ちゃんの会話は続く。
「あー、そう言われると確かになぁ。
じゃあ他に何すりゃいいと思う?
デマでも何でも流して、こいつの家潰す?」
「それも簡単過ぎるじゃん」
「えー、じゃあ汐李は何かないのかよ?」
「んー、そうだなぁ……」
そう言って斜め上を仰ぎ見た汐李ちゃんは、数拍の間を置いて、悍ましい笑みをその顔に浮かべた。
「……じゃあ、〝いじめ〟れば?」
「おっ!いいねぇ〜、そうするか!」
桜の顔から血の気が引いていく。
この先に待ち受ける未来を想像してのことだろう。
「楽しみだねぇ〜?」
「キャハハハハハ!!」
耳障りな甲高い声で笑う二人の姿は、悪魔に見えた。
次の日、教室へ入った私は見た。
全体的に落書きされ、、花の入れられた花瓶を置かれた机と、その席に俯きながら座る桜の姿を。
それを見ていられずに、親友の花帆(カホ)に相談した。
「うん、あたしも我慢できないよ」
「だから私、桜を助けたい!」
私がそう言うと、花帆は悲しそうな顔から真剣な顔になった。
「結菜。 桜を助けたいなら生半可な気持ちじゃダメだよ。
『自分もいじめの対象になる』っていう覚悟をちゃんと持たないと。
結菜はそれを理解していてもなお、桜を助けたい?」
私は迷わず頷いた。
花帆はその答えに「結菜ならそう言うと思ってた」と顔を緩めた。
「さあ、そうと決まったら早速行動しなくちゃね」
桜のところへ行った花帆は、花瓶を持ち上げると、教室の後ろの棚の上へ置いた。
「……え? 結菜と花帆……?」
困惑する桜に私は言う。
「桜。 私たちは親友でしょ?
私たちも一緒に戦うよ」
「だから……」
「あんた達、何やってんだよ?」
私の言葉を遮る声に振り向けば、笑顔の杏奈ちゃんと汐李ちゃんがいた。
けれどその笑みからは、怒りが滲み出ているのがはっきりと分かる。
「あんた達もいじめられたいの?」
杏奈ちゃんの、私たちを蔑む瞳をしっかり見つめ返し、花帆が答える。
「そんな物好きなわけないでしょ。
けれど、あたしたちは桜と一緒に戦う」
私もこくりと頷いた。
二人は顔を見合わせると、ニヤリと笑った。
「ふーん、面白いじゃん。
これから楽しませてもらうからね?」
「キャハハハハハ!!」
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その次の日から、私たち三人はいじめられるようになった。
靴箱には画鋲が溢れるほど入っていて、引き出しの中には〝死ね!〟や〝消えろ〟などの紙が沢山。
教室から一旦出てから戻ると教科書はボロボロ。
そして極めつけに、花の入った花瓶は、机の端に接着剤で固定されていた。
先生たちも二人には説教すらしない。
親の権力も理由の一つではあるだろうけど、最も大きな理由は〝面倒事に関わりたくない〟というものだろう。
いじめている側の二人とも、いじめられている側の三人とも目を合わせようとしない、
あからさまなその態度に、私は教師という存在に失望した。