俺の名前を呼んでくれた女性は、彼女が初めてだった。

女性の中で身近な存在である母親は、俺が5歳の頃に病気で亡くなったためそばにいなかった。

もしかしたら母も亡くなる前に俺の名前を呼んだのかも知れない…と思うのだけれども、当然のことながら幼い頃の記憶はなかった。

――ああ、こんなにもいいものなのか。

頬を赤らめて名前を呼んだつづりさんの顔を見ながら、俺の胸の中は温かいもので包まれていた。

「そうです、その調子です」

彼女に名前を呼んでくれたことを嬉しく思いながら、俺は首を縦に振ってうなずいた。

それからはビールとおつまみをつまみながら、お互いの家庭環境や好きなことを語りあった。

つづりさんが俺の名前を呼ぶたびに、俺の胸の中は温かくなった。

もう少しだけ彼女と一緒にいたい…と思うけれど、さすがにいつまでもと言う訳にはいかない。

また次の機会に会おうと思いながら、その日は会計を済ませるとつづりさんを駅まで送ったのだった。