『4月11日《木》午前8時5分』
ーーーーーー洛陽総合ーーーーーーー
「まだ、美希さん来てないのか?」
今日はいつも以上に早起きをし、僕は学校に早く来た。好きな女子アナを見るのも我慢し、自分で起きた。そのせいか、母親は驚いていた。
「まぁ。昨日も遅かったし、そのうち来るだろう。」
僕は口からため息を漏らし、自分の席に座る。
そのうち瞬間ーーーーー
プツリ!
「イタ!」
お尻に感じたこともない痛みが走り、僕はその場から飛び上がった。
「ははは。」
「最高!」
「桑山のリアクション、芸人以上におもろいやん。」
僕の反応を見て、昨日の不良生徒たちがあざ笑う。
「‥‥‥‥‥」
お尻に手を当てると、何かが刺さっていた。しかも、数本。
「‥‥‥‥‥‥」
僕はそれを右手で抜いて、恐る恐る自分の顔に近づけた。
「え!」
僕の目に入った物は、画鋲だった。いくつもの画鋲が僕の椅子に置かれており、数本の画鋲が僕のお尻に刺さった。
ーーーーーー悪質ないじめだ。しかも、こんなくだらないことで笑うなんて‥‥‥‥‥
僕は下唇を強く噛みしめ、昨日の赤髪の不良生を睨んだ。
「ははは。今の桑山の姿が最高!めずらしいから、写真撮らして。」
自分の行動が正しいと言わんばかりに、赤髪の不良はポケットからスマホを取り出して写真を撮る。
「ウッ。」
目がチカチカするような眩いフラッシュに、僕は顔を腕で覆う。
「‥‥‥‥‥‥」
僕はお尻に突き刺さっていた画鋲を全部抜き取った後、イスに置かれていた画鋲も元にあった場所に片付けた。そして、自分の席に座る。席に座ると、まだジンジンとお尻が痛む。
「桑山、シカトすんなや。お前がリアクションしてくれないと、しらけるやん。」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、赤髪の不良が僕に近づく。
「‥‥‥‥‥‥‥」
僕は机に顔を伏せたまま、身動き一つしない。まるで、死人んだ。
「桑山、起きろよ。」
怒声を浴びせられながら、僕は髪の毛をつかまれる。そしてそのまま、壁に押し付けられた。
ーーーーーードスン!
「クッ、そんなにいじめて楽しいですか?」
僕は悔しそうに歯を食いしばり、疑問を不良にぶつけた。
「楽しいから、いじめるんじゃないか。当たり前のことを、質問してんじゃねーぞ。バカ!」
満足そうに答えた不良は、僕のみぞおちに拳をめり込ませる。
「かは。」
呼吸が一気に苦しくなり、僕は腹部を押さえながらむせた。
「オラ!キモメガネ。まだ、終わらねーぞ。」
間髪入れずに赤髪の不良が、僕の股間めがけて右足を振り上げる。
「あうーーーーーー!」
例えようもない痛みが、僕の股間を襲う。
「ヒーヒー。」
その場で倒れ込み、僕はのたうち回る。股間の激痛が激しく残り、僕はしばらく起き上がれない。のたうち回ったと同時に、ポケットから僕の療育手帳がぽろりと落ちた。
ーーーーーーヤバイ。
その瞬間、僕の全身の血が凍りついた。慌てて拾おうとしたが、
「何これ、桑山。」
そう言って赤髪の不良に限界まで伸ばした右手をぎゅっと踏まれ、落ちた療育手帳を先に拾われた。
「うわーーー!これお前、療育手帳やん。つまり桑山、障害者なん?気持ち悪。」
赤髪の不良はバカにしたように笑い、療育手帳を他の生徒たちに見せびらかす。
「本気で。桑山、障害児なん。」
「支援学校行けよ。」
本気で、障害児やん。ヤバ!」
「ていうか、俺たちまで病気がうつるんちゃん。」
四方八方から、差別的な発言がマシンガンのように容赦なく僕の耳に聞こえる。
ーーーーーー両親のせいだ。だから、嫌だと言ったのに。
僕の気持ちを理解してくれない両親に、噴き出しそうな怒りと憎しみを感じる。そして、不良たちにやり返せない自分の非力さ
「‥‥‥‥‥返せ。」
僕は怒ったように眉毛を吊り上げ、低い声で言った。
「気持ち悪い障害者が、なんか必死で訳の分からない言葉言ってます。誰か、この生ゴミ処理してくださ〜い。」
僕の気持ちを一切理解せずに、赤髪の不良は療育手帳を左右に振って見せびらかす。その療育手帳を見たクラスのみんなは、偏見な目で僕を見る。
「‥‥‥‥‥‥」
もう、限界だった。急激に頭に血がのぼり、抑えられない怒りと殺意。こいつを殺したいという言葉が、僕の頭の中で何度も再生される。
「‥‥‥‥‥死ね。みんな死ね。」
僕はふらふらと起き上がり、赤髪の不良を睨んだ。そして心の奥底にある、僕の思いを誰にも聞こえないぐらい小さな声でぼそりと呟いた。
「おい、桑山。なに、生意気な目で見てんねん。お前みたいな人間生きていても意味ないし、世の中のために死ねよ。俺がもし政治家やったら、障害者が一人産まれた家庭は国に毎年百万円の罰金を納める法案を作成するわ。それか、障害者は育児放棄しても構わない。又は、虐待もオッケー。それやったら必然的に両親は障害者を虐待するし、日本人の障害者の人口は急激に減少するやろ。」
赤髪の不良は怒り声を上げ、両手を広げて自分の思いを得意げに話す。そして僕の腹部に拳をめり込ませた後、足の裏で僕をけとばした。
「ウッ」
僕の体がくの字に曲がり、そのまま後方に倒れこんだ。倒れこんだ方向に自分の机があり、それに背中が激突する。ガシャンという大きな音が響き渡り、机が倒れた。それと同時に、僕も倒れた。机の上に乗っていたチャックの開いていたふでばこが周囲に散乱し、僕の足元に鋼色の物が落ちた。刃先が冷たく、金属製の物だ。
ーーーーーーハサミだ。
僕はこっそりとハサミの持ち手をぎゅっと握りしめ、赤髪の不良を睨んだ。
「ははは。」
「弱ーーーー!」
「きゃーーー近寄んな。障害者。」
甲高い女性の悲鳴。僕をいじめて笑う、男性。僕には全然楽しくない男女の笑い声が、教室中に溶け合う。
ーーーーーーハサミ投げて、殺してやる。生きてて意味がないのは僕ではなく、他人の気持ちを一切理解できないこいつらクズ達だ。
ハサミを握る力に、さらに力が加わる。それと同時に、僕の右手が徐々に震える。怒りで震えているのか恐怖で震えているのか分からなかったが、こいつを殺したいという言葉は何度も僕の脳内で再生される。
「こんな汚い物いつまでも持っていたら、俺まで病気になりそうやわ。返すわ、障害者の証の手帳。」
そう言って赤髪の不良は、僕の顔にめがけて大切な療育手帳を投げた。
「‥‥‥‥‥‥」
僕の顔に療育手帳がポンと当たり、冴えない自分の顔写真が写ってある状態でその場に落ちた。自分の顔写真に視線を落とすと、いつも以上に悲しそうに見えた。
「桑山。頼むから、早く死‥‥‥‥‥‥」
「お前が、死ね。」
赤髪の不良の言葉を声を張り上げてかき消し、握りしめていたハサミを投げた。
ーーーーーーブスリーーーーーー!
今まで聞いたこともない、ひどく耳に残る音。分厚くて柔らかな肉を、包丁で深く突き刺したように似てる音。
「いてぇーーーーーー。」
その音と同時に、赤髪の不良が苦痛の悲鳴を上げた。僕の投げたハサミが、赤髪のわき腹から赤い血がドクドクと流れ、制服を赤く滲ませる。
「‥‥‥‥‥」
僕はその姿を見て、自然と口を緩めた。そして勝ち誇ったように、心の中でガッツポーツをした。
「ヤバーーー」
殺人鬼やーーーーー!」
「こいつ、マジ狂ってるやん。」
「ハサミ投げるとか、殺人鬼やんけ。悪魔や。悪魔や。」
教室のみんなはこの光景を見て、半狂乱状態だ。一気にパニックに陥り、慌てふためく。そしてみんなは、僕から離れて行く。
ーーーーーー悪魔は、てめーらの方だろ。散々人のことを殴ったり、悪口言ってたくせによ。ちょっと友だちがケガしたら、真逆の態度に変わるのかよ。
「チィ。」
僕は不満そうな表情を見せ、舌打ちをした。そして、ハサミが突き刺さっている赤髪の不良に迫る。
「痛い痛い。マジで、ヤバイ。」
赤髪の不良はその場に倒れこみ、悶え苦しんでいる。よほど痛いのだろう、赤髪の不良の表情が痛みでゆがむ。そして、涙を流しているようにも見える。
ーーーーーーいい気味だ。
今の僕は心が躍るように嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「分かった、君がやっていた酷いこと。痛いよね。ものすごく痛いよね。でも、君がやっていたことは、もっとひどかったんだよ。」
赤髪の不良の目の前まで来た僕は、床に転がり回っている赤髪の不良の頭部にぐっと右足を乗せた。そして、さらに力を入れる。
「い‥‥‥いた‥‥‥‥‥マジで‥‥‥いたい。」
「謝罪は。僕に、謝罪は。」
僕はにやにやと笑いながら、さらに右足に力を入れる。こいつの頭部を踏み潰すぐらいの力で、体全身の力を入れて。ぐっと、僕の全体重を乗せる。
「桑山、ごめん。」
「桑山、言いすぎた。マジで、ごめん。」
「障害者って言った言葉は取り消す。マジで、ごめん。」
周囲からの男女の弱々しい謝罪の言葉は、まったく僕の頭に残らない。耳には入るが、すぐに消える。僕の頭の中にある言葉は、『こいつを殺したい』という言葉だけ。この時点で、僕の理性は飛んでいたのだろう。
「謝罪が出来ない人間は、死ね。」
そう言ってわき腹に深く突き刺さっていたハサミを抜き取り、赤髪の眼球に突き刺そうとした。
ーーーーーーガラガラーーーーーー
そのとき、教室のドアが開いた。
「おはよ‥‥‥‥」
教室の中に入ってきたのは、美希さんだった。佐伯美希さん。佐伯美希さんの柔らかい声が途中で途切れ、驚いた顔で僕の方に視線を向けた。
ーーーーーー最悪だ。なんでこんなタイミングで、美希さんが学校に来るんだ。
僕の心臓がドクンと跳ね、悔しさと焦りが募る。
「ちょっと、桑山君。これは、一体なんですか?」
美希さんと連続して、この最悪のタイミングで誰かが入ってきた。美希さんが開けっ放しのままにした教室のドアに怒鳴り声を上げながら飛び込んで来たのは、クラスの担任の佐藤順子先生だった。佐藤先生は血相を変えて、鋭い目つきで僕を睨む。
「こいつ、殺人鬼なんです。普通じゃありません。」
突然、誰かが先生にチクるように大きな声で叫んだ。
「ハサミ投げたんです。人に向かって、ハサミを投げたんです。」
前の人と同じように、また大きな声で叫ぶ。
「こいつ、悪魔なんです。殺人鬼なんです。こいつには、人間という感情がなんです。だから、こんな異常な異常な行動が出来るんです。」
みんながわざとらしく叫んでいるように聞こえるのは、僕が人とは違う障害者だからだろうか?それとも、僕は悪いことはしてない。ただ、やり返しただけ。そういう思いが、あるからだろうか。理由は分からないが、今の美希さんの表情を見る勇気は僕にはなかった。
ーーーーーーきっと、軽蔑した目で僕を見てるんだろうな‥‥‥‥‥
ーーーーーー洛陽総合ーーーーーーー
「まだ、美希さん来てないのか?」
今日はいつも以上に早起きをし、僕は学校に早く来た。好きな女子アナを見るのも我慢し、自分で起きた。そのせいか、母親は驚いていた。
「まぁ。昨日も遅かったし、そのうち来るだろう。」
僕は口からため息を漏らし、自分の席に座る。
そのうち瞬間ーーーーー
プツリ!
「イタ!」
お尻に感じたこともない痛みが走り、僕はその場から飛び上がった。
「ははは。」
「最高!」
「桑山のリアクション、芸人以上におもろいやん。」
僕の反応を見て、昨日の不良生徒たちがあざ笑う。
「‥‥‥‥‥」
お尻に手を当てると、何かが刺さっていた。しかも、数本。
「‥‥‥‥‥‥」
僕はそれを右手で抜いて、恐る恐る自分の顔に近づけた。
「え!」
僕の目に入った物は、画鋲だった。いくつもの画鋲が僕の椅子に置かれており、数本の画鋲が僕のお尻に刺さった。
ーーーーーー悪質ないじめだ。しかも、こんなくだらないことで笑うなんて‥‥‥‥‥
僕は下唇を強く噛みしめ、昨日の赤髪の不良生を睨んだ。
「ははは。今の桑山の姿が最高!めずらしいから、写真撮らして。」
自分の行動が正しいと言わんばかりに、赤髪の不良はポケットからスマホを取り出して写真を撮る。
「ウッ。」
目がチカチカするような眩いフラッシュに、僕は顔を腕で覆う。
「‥‥‥‥‥‥」
僕はお尻に突き刺さっていた画鋲を全部抜き取った後、イスに置かれていた画鋲も元にあった場所に片付けた。そして、自分の席に座る。席に座ると、まだジンジンとお尻が痛む。
「桑山、シカトすんなや。お前がリアクションしてくれないと、しらけるやん。」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、赤髪の不良が僕に近づく。
「‥‥‥‥‥‥‥」
僕は机に顔を伏せたまま、身動き一つしない。まるで、死人んだ。
「桑山、起きろよ。」
怒声を浴びせられながら、僕は髪の毛をつかまれる。そしてそのまま、壁に押し付けられた。
ーーーーーードスン!
「クッ、そんなにいじめて楽しいですか?」
僕は悔しそうに歯を食いしばり、疑問を不良にぶつけた。
「楽しいから、いじめるんじゃないか。当たり前のことを、質問してんじゃねーぞ。バカ!」
満足そうに答えた不良は、僕のみぞおちに拳をめり込ませる。
「かは。」
呼吸が一気に苦しくなり、僕は腹部を押さえながらむせた。
「オラ!キモメガネ。まだ、終わらねーぞ。」
間髪入れずに赤髪の不良が、僕の股間めがけて右足を振り上げる。
「あうーーーーーー!」
例えようもない痛みが、僕の股間を襲う。
「ヒーヒー。」
その場で倒れ込み、僕はのたうち回る。股間の激痛が激しく残り、僕はしばらく起き上がれない。のたうち回ったと同時に、ポケットから僕の療育手帳がぽろりと落ちた。
ーーーーーーヤバイ。
その瞬間、僕の全身の血が凍りついた。慌てて拾おうとしたが、
「何これ、桑山。」
そう言って赤髪の不良に限界まで伸ばした右手をぎゅっと踏まれ、落ちた療育手帳を先に拾われた。
「うわーーー!これお前、療育手帳やん。つまり桑山、障害者なん?気持ち悪。」
赤髪の不良はバカにしたように笑い、療育手帳を他の生徒たちに見せびらかす。
「本気で。桑山、障害児なん。」
「支援学校行けよ。」
本気で、障害児やん。ヤバ!」
「ていうか、俺たちまで病気がうつるんちゃん。」
四方八方から、差別的な発言がマシンガンのように容赦なく僕の耳に聞こえる。
ーーーーーー両親のせいだ。だから、嫌だと言ったのに。
僕の気持ちを理解してくれない両親に、噴き出しそうな怒りと憎しみを感じる。そして、不良たちにやり返せない自分の非力さ
「‥‥‥‥‥返せ。」
僕は怒ったように眉毛を吊り上げ、低い声で言った。
「気持ち悪い障害者が、なんか必死で訳の分からない言葉言ってます。誰か、この生ゴミ処理してくださ〜い。」
僕の気持ちを一切理解せずに、赤髪の不良は療育手帳を左右に振って見せびらかす。その療育手帳を見たクラスのみんなは、偏見な目で僕を見る。
「‥‥‥‥‥‥」
もう、限界だった。急激に頭に血がのぼり、抑えられない怒りと殺意。こいつを殺したいという言葉が、僕の頭の中で何度も再生される。
「‥‥‥‥‥死ね。みんな死ね。」
僕はふらふらと起き上がり、赤髪の不良を睨んだ。そして心の奥底にある、僕の思いを誰にも聞こえないぐらい小さな声でぼそりと呟いた。
「おい、桑山。なに、生意気な目で見てんねん。お前みたいな人間生きていても意味ないし、世の中のために死ねよ。俺がもし政治家やったら、障害者が一人産まれた家庭は国に毎年百万円の罰金を納める法案を作成するわ。それか、障害者は育児放棄しても構わない。又は、虐待もオッケー。それやったら必然的に両親は障害者を虐待するし、日本人の障害者の人口は急激に減少するやろ。」
赤髪の不良は怒り声を上げ、両手を広げて自分の思いを得意げに話す。そして僕の腹部に拳をめり込ませた後、足の裏で僕をけとばした。
「ウッ」
僕の体がくの字に曲がり、そのまま後方に倒れこんだ。倒れこんだ方向に自分の机があり、それに背中が激突する。ガシャンという大きな音が響き渡り、机が倒れた。それと同時に、僕も倒れた。机の上に乗っていたチャックの開いていたふでばこが周囲に散乱し、僕の足元に鋼色の物が落ちた。刃先が冷たく、金属製の物だ。
ーーーーーーハサミだ。
僕はこっそりとハサミの持ち手をぎゅっと握りしめ、赤髪の不良を睨んだ。
「ははは。」
「弱ーーーー!」
「きゃーーー近寄んな。障害者。」
甲高い女性の悲鳴。僕をいじめて笑う、男性。僕には全然楽しくない男女の笑い声が、教室中に溶け合う。
ーーーーーーハサミ投げて、殺してやる。生きてて意味がないのは僕ではなく、他人の気持ちを一切理解できないこいつらクズ達だ。
ハサミを握る力に、さらに力が加わる。それと同時に、僕の右手が徐々に震える。怒りで震えているのか恐怖で震えているのか分からなかったが、こいつを殺したいという言葉は何度も僕の脳内で再生される。
「こんな汚い物いつまでも持っていたら、俺まで病気になりそうやわ。返すわ、障害者の証の手帳。」
そう言って赤髪の不良は、僕の顔にめがけて大切な療育手帳を投げた。
「‥‥‥‥‥‥」
僕の顔に療育手帳がポンと当たり、冴えない自分の顔写真が写ってある状態でその場に落ちた。自分の顔写真に視線を落とすと、いつも以上に悲しそうに見えた。
「桑山。頼むから、早く死‥‥‥‥‥‥」
「お前が、死ね。」
赤髪の不良の言葉を声を張り上げてかき消し、握りしめていたハサミを投げた。
ーーーーーーブスリーーーーーー!
今まで聞いたこともない、ひどく耳に残る音。分厚くて柔らかな肉を、包丁で深く突き刺したように似てる音。
「いてぇーーーーーー。」
その音と同時に、赤髪の不良が苦痛の悲鳴を上げた。僕の投げたハサミが、赤髪のわき腹から赤い血がドクドクと流れ、制服を赤く滲ませる。
「‥‥‥‥‥」
僕はその姿を見て、自然と口を緩めた。そして勝ち誇ったように、心の中でガッツポーツをした。
「ヤバーーー」
殺人鬼やーーーーー!」
「こいつ、マジ狂ってるやん。」
「ハサミ投げるとか、殺人鬼やんけ。悪魔や。悪魔や。」
教室のみんなはこの光景を見て、半狂乱状態だ。一気にパニックに陥り、慌てふためく。そしてみんなは、僕から離れて行く。
ーーーーーー悪魔は、てめーらの方だろ。散々人のことを殴ったり、悪口言ってたくせによ。ちょっと友だちがケガしたら、真逆の態度に変わるのかよ。
「チィ。」
僕は不満そうな表情を見せ、舌打ちをした。そして、ハサミが突き刺さっている赤髪の不良に迫る。
「痛い痛い。マジで、ヤバイ。」
赤髪の不良はその場に倒れこみ、悶え苦しんでいる。よほど痛いのだろう、赤髪の不良の表情が痛みでゆがむ。そして、涙を流しているようにも見える。
ーーーーーーいい気味だ。
今の僕は心が躍るように嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「分かった、君がやっていた酷いこと。痛いよね。ものすごく痛いよね。でも、君がやっていたことは、もっとひどかったんだよ。」
赤髪の不良の目の前まで来た僕は、床に転がり回っている赤髪の不良の頭部にぐっと右足を乗せた。そして、さらに力を入れる。
「い‥‥‥いた‥‥‥‥‥マジで‥‥‥いたい。」
「謝罪は。僕に、謝罪は。」
僕はにやにやと笑いながら、さらに右足に力を入れる。こいつの頭部を踏み潰すぐらいの力で、体全身の力を入れて。ぐっと、僕の全体重を乗せる。
「桑山、ごめん。」
「桑山、言いすぎた。マジで、ごめん。」
「障害者って言った言葉は取り消す。マジで、ごめん。」
周囲からの男女の弱々しい謝罪の言葉は、まったく僕の頭に残らない。耳には入るが、すぐに消える。僕の頭の中にある言葉は、『こいつを殺したい』という言葉だけ。この時点で、僕の理性は飛んでいたのだろう。
「謝罪が出来ない人間は、死ね。」
そう言ってわき腹に深く突き刺さっていたハサミを抜き取り、赤髪の眼球に突き刺そうとした。
ーーーーーーガラガラーーーーーー
そのとき、教室のドアが開いた。
「おはよ‥‥‥‥」
教室の中に入ってきたのは、美希さんだった。佐伯美希さん。佐伯美希さんの柔らかい声が途中で途切れ、驚いた顔で僕の方に視線を向けた。
ーーーーーー最悪だ。なんでこんなタイミングで、美希さんが学校に来るんだ。
僕の心臓がドクンと跳ね、悔しさと焦りが募る。
「ちょっと、桑山君。これは、一体なんですか?」
美希さんと連続して、この最悪のタイミングで誰かが入ってきた。美希さんが開けっ放しのままにした教室のドアに怒鳴り声を上げながら飛び込んで来たのは、クラスの担任の佐藤順子先生だった。佐藤先生は血相を変えて、鋭い目つきで僕を睨む。
「こいつ、殺人鬼なんです。普通じゃありません。」
突然、誰かが先生にチクるように大きな声で叫んだ。
「ハサミ投げたんです。人に向かって、ハサミを投げたんです。」
前の人と同じように、また大きな声で叫ぶ。
「こいつ、悪魔なんです。殺人鬼なんです。こいつには、人間という感情がなんです。だから、こんな異常な異常な行動が出来るんです。」
みんながわざとらしく叫んでいるように聞こえるのは、僕が人とは違う障害者だからだろうか?それとも、僕は悪いことはしてない。ただ、やり返しただけ。そういう思いが、あるからだろうか。理由は分からないが、今の美希さんの表情を見る勇気は僕にはなかった。
ーーーーーーきっと、軽蔑した目で僕を見てるんだろうな‥‥‥‥‥