少しして莉央ちゃんの咳がおさまった頃には、時計の短針はもうほとんど8時を指していた。

たしか、一番近くの病院の受付時間は8時からだったはず。

隆さんにその旨を伝えると、彼はホッとしたように薄く笑みを浮かべ、莉央ちゃんを抱き上げた。


「ありがとうな、流星。お前のおかげでだいぶ落ち着けた。」
「いや、僕は何も…」
「さすがは透さんの息子だ。本当に、ありがとう。」


透…父の名を唐突に出されて、何も言えずに口ごもる。
ろくに返事もできないまま、軽く会釈をして部屋を出た。

別に僕は、なにもしていない。

ただただ莉央ちゃんが苦しむのを見ていることしかできなかった。

そりゃあ僕は医者でもなんでもないし、薬を出すことだって、莉央ちゃんの痛みを取り除くことだって出来るわけない。

それでも、声をかけて、励まして、その手を握るくらいのことならできたはずなんだ。

なのに、それを僕はしなかった。いや、できなかった。
理由なんてわからないけれど、怖いと思ったから。

いつもはあんなにも明るくて元気いっぱいの莉央ちゃんが苦しんでいる姿を見て、僕は、怖い、と。そう思ったんだ。

だから、身体がすくんでなにもできなかった。
目の前で僕よりずっと小さな女の子が苦しんでるっていうのに。