パシリにつかわれる体質を直したいとも思うが、
一番嫌なことは、勝手に私の部屋に入られ、物を物色されることだ。
私はみまの部屋の窓を開けるだけで怒られるのに、
私のプライバシーがあったもんじゃない。
この際だから、告白しよう。
私は、この春JKになったが、高校受験に失敗した。
私は、偏差値70の高校(二人の姉の母校でもある)
の特進科を受験した。
しかし、結果は不合格だった。
私はその学校の普通科に通っている。
りか姉も普通科出身だ。
希望を出せば特進科に落ちても、普通科に入れるのだ。
そこで、楽しい日々を送っている。
受験に失敗した時は、頭が真っ白になったが、
私は、人前で泣かなかった。
私は、プライドが高いし、なぜ人前で泣くのか理解が出来なかったからだ。
しかし、自分の部屋で声も出さずに泣いた。
私が通っていた中学校は地元でも有名な不良校で、
私はその環境の中、何者にも染まらず、努力を重ねてきたつもりだったからだ。
実際に、模試でも、合格確実ラインは越していた。
周りの期待も激しかった。
私が不合格なことは、私を含め、誰もが驚いた。
私は言い訳はしたくないが、
受験日、頭痛が酷かった。
私は、幼い頃から、病弱だった。
そして、受験が終わった4月に病院へ行くと低血圧と診断された。
中学校では、倒れることがしばしばあって、
つらい日々を送った。
仮病じゃないかと言われていることも知っていた。
だからこそ、私は、勉強を必死にして、学年1位の
鷹橋ゆさをつくった。
そこから生まれるそれなりのプライドもあった。
成績が下の人を笑うこともあった。
しかし、私は私の初恋の人である
桐原光一(きりはらこういち)先生の
『謙虚さと忍耐』
という言葉を忘れずに行動したつもりだった。
不良ばっかりのクラスにも貢献した。
勉強を教えてあげることもあった。
感謝されることは、素直に嬉しかったし、なにより
桐原先生が口には出さないが、私を誉めてくれるのが嬉しかった。
そこまでしたのに…
そうまでなると言い訳したくもなっちゃうよ。
私は、こんな風にブルーな気持ちになるとき、
いつも、母に甘える。
母の頭なでなでが恋しくなる。
母は私に
『こんな大きな図体をして、いつも甘えてくるわね。
でも、ゆさちゃんは、1番下の子だから、可愛くて
つい甘やかしちゃうのよ。』
と言う。
私が低血圧なのは、母の遺伝が原因なんだし、
末っ子だから、少しだけ、甘えてもいいでしょ?