テスト最終日の放課後、いつものように学校からの帰り道を一人歩く。


周りは誰かしらと連んでお囃子のような賑やかな音を立ててるけど、それに混ざりたいともましてや羨ましいとも思わない。

昔から一人が好きだった。今も好きだ。人と関われば関わるほどその思いは増していく。

そんな風に思う俺はどこかおかしいのかもしれない。普通じゃないのかもしれない。なにか欠陥があるのかもしれない。人が普通に持ち合わせてるはずの何かが抜け落ちているような気もする。そんな自分をたまに怖いとも思う。

……普通って、なんなんだろう。


ぼうっと信号を待ちながらいくら考えを巡らせても、答えなんてわからないままだ。


「なにしてんのぉ?」


突然、耳元で声が聞こえた。肩が跳ねる。驚いて反射的に後ろを振り返れば、


「この間はよくも逃げやがったな、クソガキ。」


至近距離で俺を見上げるいつぞやの女店員がいた。

驚きすぎて声も出ない俺に、女はにやりと口角を上げ「ちょっと顔貸しな。」なんてどこかのヤンキーみたいな口調で脅す。


「は?」

「いいから、ほら。」


抵抗する間も与えない強引さ。気づけば俺の腕は女の手にしっかりと握られていた。

まるでタイミングを見計らったかように青に変わる信号。女は俺の腕を引いたまま、歩き出す。無理やり引っ張るもんだから身体が傾いて倒れそうになり、俺はそれを回避するために足を踏み出した。


「到着〜!」


連れてこられたのはなんてことない、すぐ側にある公園。女は俺の手をパッと離しさっさとベンチに腰掛けると、自分の隣をバンバンと叩く。


「ここ座って。」


勿論それを無視して帰ることだって出来た。というかそうするつもりだった。けど、俺を呼ぶ表情があまりにも楽しそうだったから、


「ほら、はやくはやく!」


まるで重力に引き寄せられるかのように気づけば隣に腰を下ろしていた。


「……なに。」


待ってました、と言わんばかりに白いコンビニ袋を目の前に差し出され、眉を寄せる。対照的に女は何が楽しいのかやっぱり笑っていた。


「この間、渡し損ねたやつ!」

「は?」

「あたしのイチオシ。」


わざとらしくウインクしてみせる女はどこか得意げ。


「イチオシ?」

「そ。弁当。この前あげるつったのに、バイト上がったらあんた消えてんだもん。」

「……いらない。」

「なんで? うまいよ?」


素っ頓狂な声に溜息を吐く。


「この間って、2週間も前でしょ。腐ってるよ。」


呆れながら言えば、女は一瞬静止して、すぐに弾けんばかりの顔で笑った。


「ばっかだなぁ! 新しいのに決まってんじゃん!」


人にばかなんて言われたことが新鮮で、声を出すタイミングを失った。


「2週間も前の弁当持ち歩いてるわけないっしょ!」

「どうだか。あんたならやりかねない。」


あんまりケラケラ笑うから、ムッとしてそう言い放つ。

ひとしきり笑い終えたのか、女はふぅっと息を吐いてデニムのポケットから煙草を取り出した。


「それさ、あたしのお気に入りなんだよね。」


慣れた手つきで煙草を咥え、ライターに口元を寄せる。伏し目がちになった目。長い睫毛が肌に影を落とす。


「……それ?」


柄にもなく見惚れた。そんな自分を悟られないように不自然に遅れた反応を装った平静で取り繕う。


「デミグラバーグ弁当。買って帰るところでちょうど見かけてさー。あ、この間のクソガキじゃんって。」

「いらない。」

「だから、腐ってないって。」

「じゃなくて。あんたが食べたかったんでしょ。」


そんな怨が籠ってそうなもの怖くて受け取れない。袋を押し返すようにして拒否する俺に、女が目を軽く見開いた。

そして、直ぐにまたクシャッとした笑顔を浮かべ、


「なんだ、クソ生意気なガキかと思ったら案外優しいとこあんじゃん。」


見当違いも甚だしいことを言う。

けど勘違いされて損するような内容じゃないから、敢えて否定しないことにした。好きに解釈すればいい。俺の知ったことじゃない。


「つーか、学校帰りなのに1人?」

「それが?」

「友達は? いないの? ぼっち?」

「……。」

「寂しくないわけ?」

「……。」

「あ、そういや、名前は? まだ聞いてなかった。」

「……。」

「おーい。名前。ないの? ないならつけたげよーか? うーん、そうだなあ。ぼっちだからぼーちゃん―――」

「……染谷。」


冗談じゃない。そう思った時には声が出てた。うるさい女にいい加減苛立ってたのもあってその声は刺々しい。

のに、


「染谷クンかぁ。」


どこかしてやったり顔の女に乗せられた、と気付いた時には時すでに遅し。


「下は?」


どこまでも馴れ馴れしくされる。


「教えない。」

「なんでよ。」

「教えるほど親しくない。」

「んじゃ、仲良くなったら教えてくれんだ?」

「……なったらね。」


絶対にならないけど。もう金輪際会うつもりもないし。


「そかそか。じゃあ楽しみにしとこ。」


そんな俺の考えなんて知る由もない女は鼻歌交じりに呟き、「あ、」と何かを思い出したように声を上げる。


「あたしの名前はアンだから。アンさんって呼びな。」


目が痛くなるような金髪。濃いメイク。華やかな笑い方。その全てによく似合う名前だと思った。けど、どうしてか煙草だけが不釣り合いに浮いてる。

品が良さそうなわけじゃない。女らしくもない。むしろいかにもグレてヤンチャしてましたって感じの風貌。なのに、似合わないと思えてならなかった。