7月上旬。ところどころで蝉の鳴き声が聞こえ始めたと同時に期末テストが始まった。

鬱蒼とした空気に包まれる教室内は普段よりもずっと静かで、こういう時はさすがに進学校だな、と感心する。言うまでもなく、俺はテスト期間が好きだった。

惚れた腫れたの噂話は一掃され、代わりに飛び交うのはテストと勉強の話。みんながみんな自分のことだけに必死になる空間に俺は心地よさを感じていた。

昼頃には終わる学校を出ると真っ直ぐ家に帰る。ここ最近ヤスは姿を見せない。どうやらテスト期間がまるまる被ってるらしい。さすがのヤスも部屋に篭って勉強してるんだろう。どうせならそのまま永遠に出て来なければありがたいんだけど。


「テスト、どうなの?」


夜遅くパートから帰ってきた母親と食卓を囲む。半額シールの貼られている惣菜を突きながら母はそう聞いてくるけど、本心では俺のテストの出来なんてまるっきり興味がないことはわかってた。


「そこそこ。」

「そう。勉強も大切だけど、そればっかりじゃダメよ?」


俺は生まれてこのかた親に「勉強しろ」と言われたことがない。言われるまでもなく自発的に机に噛り付いてた所為が大きいんだろうけど。


「そうだね。」


基本的に俺は人の意見を否定しない。肯定するよりも否定するほうが労力を使うからだ。だから基本的には頷いて聞き流す。お陰で誰かと喧嘩をしたこともなければ言い合いになったことすらない。

人付き合いは苦手だ。苦手だからこそ最低限で収めたい。深入りしたくもないしさせたくもない。変にこじらせたくもなかった。


「そうよ。勉強ばっかしてるとあっという間に世間に置いてけぼりくらっちゃうわよ。」

「わかってる。」

「最近、ヤスくんは? 会ってるの?」


学校にしろ、家にしろ、それが続いていくものなら尚更。強いて言うならヤスだけは別だ。あいつとは家族でもないしクラスメイトでもない。個人的な関わり意外、俺らを結びつけるものはなにもない。だからどうなったって良かった。例え関係が拗れたとしてもそれこそ切れるのを待てばいいだけだ。


「今はテスト期間だから。」


冷めた唐揚げを咀嚼しながら、冷めた声を放つ。それに母親は眉を寄せた。


「ときにはあんたからも連絡しなさいよ。どっちかばっかりから誘うだけの関係なんて長続きしないんだからね。最初はあんたと遊びたいと思ってくれてても、自分ばっかりって思ったら嫌になっちゃうわよ。」

「今度、誘うよ。」


気が向いたら。


「そうよ。そうしなさい。」


心の声はおくびにも出さず素直に意見を受け入れる俺に母親の顔が綻ぶ。嬉しさと安堵が入り混じったような表情だ。


「とくにあんたは友達が少ないんだから、大切にしないとだめよ。」


俺は友達が少ないんじゃない。いないんだ。

そんなことを言ったら面倒なことになるのは目に見えてるから声には出さないけど。俺とヤスは友達なんかじゃない。お互いに心を許しあってるわけでもないし、同等の相手として交わってるわけでもない。

俺がヤスの前ではそこそこ気を抜けるのは後腐れがないから。あとは見下してるから。ヤスにとってもそうだ。ヤスが俺の側にいたがるのは俺と居れば女が寄ってくるから。あとはやっぱり見下してるから。


俺は頭の悪いヤスを見下してるし、ヤスは友達のいない俺を見下してる。