「ねえ、上がってお茶でも飲んでけば」
「おっ、いいねえ」
そう言って靴を脱ぎかけたかずこさんの襟首を掴んで、ヒロリンがコホンと咳払いをする。
「まだ片付けも済んでないみたいだから、私達はこれで失礼するわ。ね、和子」
「だってゆず樹が上がってけって言ってるじゃ……」
顔には満面の笑みを湛えながら、うむを言わさずかずこさんを連れ出すヒロリン。
「高校は城南でしょ? 私達もおんなじ。他の高校はここから遠いもんね」
「そう、城南。宜しくね」
「じゃあまた明日、学校でね」
玄関が閉められ、しばらくは扉の外で言い合う2人の声が響いていたが、また嘘のように静けさが訪れた。
───あの2人、小さい頃と全然変わってない。
いつも突っ走り過ぎのかずこさんをヒロリンが諌めてたよな───
嵐のように過ぎ去った2人を思い起こすと、知らぬ間に頬が弛んでいた。
「だってあんなに可愛くなってるなんて、思いもしないじゃん!」
誰も居ないリビングで独り言を言った僕は、誰も居ない筈の部屋を見回して口を塞いだ。
───フフ。なんだか明日が楽しみだ───
今度はなんとか心の中でだけ呟いて、夕食の準備に取り掛かった。