※オリジナル6※

「あの、えっと、違うの! もしかしたら違う人の、あ、あなたのいらなくなったものかと思って…」

弁解すればするほど、空回っていくのが自分でも分かった
彼はしばらく黙って、そしてゆっくり口を開けた

「憶測で物を言うのはあまり好きではないけど。多分答えはこうだね
『その筆は間違いなく僕の物で、でも落としたことにさえ気付いていなかったから、
状況を飲み込むのに少し時間がかかってしまった』といった感じでどうだろう」

彼は淡々と言った
落ち着いた声と口調
真っ黒の瞳はまっすぐにこちらを見ている
一瞬その瞳に吸い込まれそうになった
が、
どうにか理性を取り戻し、また口を開く

「え、と…。そう、ね。なら、大丈夫だわ」
何が大丈夫なのだろう?
阿葵は自分で言っていて意味が分からなかった
どうやら、続く言葉は彼の瞳に吸い取られてしまったらしい

不思議な空気
言い回し
真っ白なキャンバス
…もっと知りたくなった
彼のことを

「じゃあ、改めてありがとう。でももう、
筆は要らないんだ」

ほら、
またひとつ、知りたい事が増えてしまった

「いらないって…どうして?」
ちょっと図々しいかな、と思いながらも
阿葵は動く口を抑えられなかった

彼は少し間を開けて
「旅に出ないといけなくなったから」
目を閉じて、そう言った
そして「始まるんじゃないの?」と急にこちらを見て言う

何のことか分からず、えっ、と阿葵は声を上げる

「オルガン」
「あっ!」

彼の一言に阿葵は瞬時に反応した
忘れてた!
パイプオルガンを聴きに行く途中だったのだ
つい彼に気を取られてしまった
もう始まってしまったかもしれない
どうしよう…
始まってから中に入るのは苦手なのに