○校正案5

 彼は自分で持ってきた小さな折りたたみの青い椅子に座っていた。正面にキャンバスを置いて、足元には絵の具とスケッチブック。

「あの……」

 そっと声を掛けてみる。彼の肩越しに見えたキャンバスは、真っ白なままだった。そこに広場から見渡した鮮やかな煉瓦の街並みを想像していた私は、面食らったまま固まってしまう。

 振り向いた彼は、不思議そうに私を見ている。私ははっとして絵筆を差し出して聞いた。

「あ、これ……あなたの?」

 私は彼の頭から爪先までをまじまじと見ながら筆を渡した。

初めてゆっくり正面から顔を見ている今でも、彼の年齢は解らない。

若いようでいて、落ち着いた雰囲気も有る。自分の年齢から一回り上まで、いくつと言われても納得できるような気がした。

白い絵筆と白いキャンバス。

金色の髪に、やはり白い肌。

ライトグレーのシャツに黒いジーパン。

整った、線の細い顔立ち。

近くで見た髪はやはりとても魅力的で、少し切れ長の瞳は真っ黒。夜の闇のように謎めいている。

そんな彼に、私はすっかり見惚れてしまっていた。

「ああ。ありがとう」

 筆と私とを交互に見比べた後で、彼は素っ気ない礼を言って絵筆を受け取った。

絵を描く人に取って筆は、命のようなものだろうと思っていた私。まるで興味がないかのようにそれを受け取った彼に違和感を覚えた。

【はっ、もしかしてもう要らない物だったのかしら】

 筆が大事なはずだと考えたのは、私の勝手な思い込みだったのかもしれない。

絵筆を届けたのは、彼に取ってはただのありがた迷惑に過ぎなかったのだろうか。

おろおろと考えを巡らせている内に、口を突いて出てくる言葉。

「みっ、道に物捨てちゃダメよね!」

【ああ、違う! 言いたいのはこんなことじゃなくてっ……!】

 真顔で私を見ている彼は、きっと私にあきれているのだ。




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体言止めは強調の効果を最大限に引き出す為に、並列にして集めました。