儂にとって、明智光秀は光だ。光秀は…実際には光秀とは呼べないが。光秀はよく、細川君は最も親しい友人だと言ってくる。嬉しい限りだが、それでも友人の枠は抜けない様だな。

儂の周りは本当に阿呆ばかり…手紙すらまともに書けぬ者も多いが、光秀の字の優美さや文の秀逸さには脱帽せぬばかりじゃ。男と思えぬ柔らかな美しさ、どの様な下じもの者にすら施す慈愛。

きっと、光秀が全てを敵に回す事は無いだろうが、光秀が全てを敵に回そうと儂は裏切らぬと誓おう。あれだけ隙が無いように見えて、意外と気の抜けた様を出してしまうからな…しっかり守ってやらねば。


「おい、藤孝。」

「っは。何でございましょう、公方様?」

友人明智光秀への手紙を書き終わった頃、自身の仕える主に呼ばれ慌てずにのんびりと向かう。常に余裕を持ち、あまり表情を変えない糸目の藤孝は少々苦手意識を持たれがちである。
あくまで本人は気にしていないが。

「…私の上洛について何か決まったか?」

…煩わしい。日に最低5回は聞いている気がする。しかし、主の兄にも仕え自分が主を見つけ出した責任もある。粗雑には扱わんが。

内心で溜め息を吐き、目の前の足利 義昭を飄々と見つめる。上洛に対して苛立つのも分かる…現在頼ってみている六角氏や朝倉氏の良い返事は得られないからだ。

「公方様…一つ案がございまして、友人の仕える方が近頃力を付けていると聞きまして、現在その縁を頼っている所でございます。」

「ふむ?して、その者とは?」

ほう、悪くは無い様子か。何の力も無いが、気位は高いのでどうかと思うたが。

「…尾張の織田 信長殿です。」

尾張、と呟き首を捻っている。織田家の噂もここ最近の話であるので、尾張の国自体聞き慣れぬ様だ。というより、基本的に対した知識は持たれていないがな。

「うむ。では、織田だか何だか知らぬが、早よう動いて欲しいものじゃ。」

ええ、と相槌を打って置く。こんな我が儘な主とはさっさと別れたいものじゃ…。織田信長よりも、光秀からの手紙が早く読みたいのう。

足利義昭との話しも終わり、各地に放っていた斥候からの情報を集めて置く。ふむ、今川家は織田の下に付いたか。更には、斉藤道三との会談があるだと?上手く行けば良いが。
武田や上杉も侮れんな…浅井や朝倉といった古くからの大名も控えておるし。まず第一に、明智光秀の健康と細川家の安泰を祈らねば。

本人が聞けば突っ込みたくなりそうな思いなど、知られる筈も無い。あくまで光秀と過ごす時には、冷静で大人な細川藤孝で居るのだから。

早よう光秀に会いたいものじゃ。