「…新人指導ですか?」

「うむ。明智殿にお願いしたいのだが。」

織田家に以前より仕える少々強面の臣下、柴田勝家に頼まれ少し考えるも直ぐに了承した。どちらかと言えば策を練る文を担当する光秀に、軍を指揮し鍛える武を担当する柴田に今回頼まれたのは、柴田が体調を崩してしまった事らしい。

どうしてそうなったのかは、よくよく聞いてみれば信長が最近拾ってきている新しい若武者達のせいらしい。信長は町の視察がてらよく人材を集めてくる。しかし、その後の育成はほとんどしないらしい。
そういえば近臣達も洩らしていたな。

何とか柴田が鍛えているらしいが、纏まりも無く元気が有り余りやる気だけはある様で、柴田が手を焼いて精神にきてしまった様だ。あの柴田殿が体調を崩してしまった程の者達か…正直恐ろしい。
いやいや、他の家臣達は斉藤道三との和睦交渉を進める最中、信長に美濃に行くなと止められている中、多少の苦労ぐらいしなければ。

さてと…。
光秀が外用の草履を履こうとした時、何か違和感に気付いた。うん?何か暖かい気がするんだが。

「…温いな。」

ぽそりと呟いたそれを聞き取ったのか、何処からか粗末な着物の少年が駆け寄って来た。

「…あ、あのすみません!お寒いかと思い、勝手に僕の懐で暖めてしまいました…。」

手をついて謝る少年に驚きつつも、確かに胸元が汚れている事に気付き「そうか、気にするな。面を上げよ」と声を掛け、上げられた顔に目が釘付けとなる。

うっわ、すっごい美少年。なんだこれ、え?人間?
顔に出さず感動しつつ、まるで少女の様な美少年を観察し、滅多に浮かべない微笑みを向けておく。

「…中々の働き者だ。そなた名は?」

「……………あ、木下…藤吉郎と。」

震える声には、感嘆が込められる。木下と名乗った少年も、光秀に見とれていた。というか、光秀の草履だから暖めていたのである。
明智 光秀といえば、むさ苦しく恐ろしい織田軍の一輪の花。中性的な美貌と凛とした佇まいはお殿様の寵愛を一身に受けている。

(うわあ、きれい過ぎて見とれてた。名乗り遅れて怒らないかな?)

「…そうか、木下。覚えておこう。」

木下の思いなど杞憂で、光秀は美しく一つに縛った髪を揺らし去っていく。更に木下藤吉郎の憧れは強まるのであった。

…木下 藤吉郎って、豊臣秀吉じゃないか?!ええ~あの美少年が?全然猿じゃないな。いや、それより信長と会わせないと。

そんな事を思いつつ歩いていく内に、若武者達の鍛練場に着いた。とりあえず声は掛けずにまずは観察をする。確かに意欲は有る様で、遊んでは居ないが…「おらあ!」「どるあ!」「…ああん?!てめえ、ぶつかっただろ!ぶっ殺すぞ!」「…はあ!?てめえだろーが!」

ああ、何か何処かの不良漫画みたいな光景だなあ。確かにこれは大変そうだ。
うん?一人すっごく派手な格好の子がいるな。うーんと、何だっけ?確か、歌舞伎者とか言う。そういえば居たなそんな人物…前田慶、次とか。

「…てっめえ!俺の刀がぶっ壊れたじゃねーか!」
「知らねえよ!お前が振り回してたからだろ!」

未だケンカを続けている派手な前田?が持つ刀は半分から刀身が折れている。戦場に出ない若武者の武器や防具はあまりよろしく無いのだろう。手柄を立てないとだからなあ、その辺はシビアだ。

「…そこの者。」

凛とした声に、騒がしかったその場が静まり視線が集まる。
「おお!」「…わ、明智様だ」「格好良い」「…本物だ」

声を掛けられた前田?は、慌てて転がる様に光秀の前に膝をつく。
ふーん。派手な身なりだが、良い瞳をしてる。背丈もあるし。

「刀が折れているなら、戦場にでられないな。」

「…っは。真に口惜しい限りで!」

うーん、良い声だ。活躍しそうな人物に見えるな。光秀は深く考えず、自らの腰の刀をそのまま相手の前に放る。

「使え。長らく使っているが、直ぐには壊れん。」

相手は一瞬ポカンと呆けるが、直ぐに破顔したかと思えば顔を引き締め地面に額をつけ声を上げる。

「このご恩!決して忘れませぬ!この前田 犬千代、織田家の為、そして明智様の為にこの身を捧げまする!」

「…(え、前田犬千代…利家なの?)よい、そなたが戦場で活躍する事で織田家の為となろう。」

少々疲労した為、指導は今日はやめておく事にするか。柴田殿には悪いけれど。内心の思いなど知られまいと、周囲の若武者達に視線を巡らせ
、魅了する微笑を送った。

「…そなた等、精進致せ。期待しておるぞ。」

にっこりと笑い誤魔化し、無駄に美しく去っていく。
織田軍の若き精鋭達が育つのには、時間はかからないだろう。後に体調の回復した柴田が、妙に真剣な彼らに首を捻ったらしい。