うーん。

光秀は美濃の会談を終えた数日後、その日の夜眠れずに居た。縁側に座り、空に輝く月を眺める。織田家では、濃姫を迎え入れる準備が着々と進んではいるが信長の興味はあまり無い。

それは良いとして…はあ。

「…眠れませんか?」
「ああ…木下か。」

密やかな溜め息を洩らした頃、仕事終わりだろうか…土で頬が汚れた木下が心配そうに近付いてくる。此処暫くは濃姫を迎え入れる手伝いもしており、明智の邸にも帰れず疲れもあった。
だが、それだけでは無い。

膝を着く木下を手招きして隣に座らせる。少々躊躇いつつも、おずおずと座ってくる。やはり、可愛いな。

「…ああ。重要事項ゆえはっきりとは申せぬが、ここ暫く厄介な手紙が来ていてな。」
「…そうなのですか。えっと、殿はご存知なのですか?」

そうなんだよね。
控えめだが、はっきりと言ってくる木下に苦笑してしまう。農家の出だと言うが、やはり天性の才があるようだな。

「知らぬ。この多忙の中で、更に物煩いを増やしたくは無いからな。」
「…明智様。」
(明智様自体もお忙しい身なのに、殿の身を案じられるなんて。やはり、この方はお優しい)

驚き少々と憧れ多々の瞳で見られ、何となく思いを察してしまう。
大分この木下 藤吉郎とは親しくなったと思うが。よし、もう少し距離を縮めてみるか?

「…そういえば木下、中々良い仲間が居ると以前聞いたが?」
「え?あ、ああ!蜂須賀 小六や弟の秀長でしょうか?はい、僕などよりよく働いていますが。」

人望のある木下には多くの仲間が居るようだ。蜂須賀小六や羽柴秀長などは豊臣秀吉にとって無くてはなくてならない存在だろう。後で顔を見て置かねば。

「その内その者達含め、木下には一働きして貰うかもしれぬ。そのつもりで居て欲しい。」

意味が分かったのか、木下の表情がパアっと華やぐ。それだけで枯れていた花すら息を吹き返しそうな愛らしさで「はい!ありがとうございます!」と口にする。

名前呼びしても良いが、どうせ名前が変わるからな。
のんびりと木下との会話を楽しんでから床に入るが、一向に眠気は訪れない。

…やはり、妙な気配がする。

布団に入り眼を閉じて、眠りに意識を向けた時だった。天井裏に僅かの物音が耳に入る。
何かが居るようだ。大きさからしてネズミでは無い。いや、ある意味で鼠か。寝ている振りを続けたまま、天井裏に意識を集中していく。

ふいに、天井の一部がカタリと音が鳴り、その数秒も経たず室内に人の気配があった。…暗殺か?

此処で死ぬわけにはいかぬと、飛び起きようと構えた時にはそれは直ぐ様裏切られたのである。

「…織田家家臣、明智 光秀殿。相談がございます。」