いつもと同じように、静かな収蔵庫の中で、鉛筆を滑らせる音と和紙の擦れるが響く。たまに古文書で解読できない字があったときや、表題の付け方に迷ったときに、絵里花の方から声をかけるくらい。
一つひとつ古文書を開いて、その整理に没頭する史明の意識の中に絵里花の存在はない。でも、絵里花はそれでもよかった。
無精ヒゲに縁取られた史明の形の良い唇。鉛筆を握る思いのほか綺麗な指。それを見つめていられるだけで、絵里花の胸はドキドキしてくる。こうやって史明と同じ場所にいて同じことができるだけで、絵里花の心は満たされた。
そんな、いつもと変わらない午後のことだった。
「やあ、頑張ってるかな?」
と、ふいに館長が収蔵庫へと現れた。
思いがけないことに、絵里花の中に充満していた眠気が一気に覚める。しかし、用事があったのは絵里花にではなく、史明の方だった。
席を外して隅の方へ行って、二人きりで話をするのを、絵里花は知らず知らのうちに聞き耳を立てていた。