私はお母さんが作ってくれたお弁当を食べながら、スピーカーの声を聞いていた。
今日は自分の相談が読まれるかも、なんてみんなが期待に胸を膨らませている中で流れてきた声。
『いつもだったらここで相談用紙を読むんですが、今日は俺の話を聞いてください』
ピタリと箸が止まる。それは私だけじゃない。
ざわざわとする教室。だけどそれを知らない詩月は放送を続けた。
『俺はずっと自分探しをしてました。自分のことが分からなくて、ずっとずっと知りたくて。そんな時にひとりの女の子に出逢いました』
ドキッと心臓が跳ねる。
だけどみんな詩月の話に耳を傾けていて、私の動揺には気づかない。
『俺から見たその子はなにか抱えているくせに周りと関わることを避けてずっと窓の外ばかりを見てた。だけど背筋はいつもピンッとしてて逆境に負けないその後ろ姿がすげーカッコよくて……ちょっと憧れてた』
「………」
『だけど一緒に過ごして、きみも俺と同じですげー弱いヤツで。うつ向いたり泣いたりしないんじゃなくて、それができる場所がなかっただけなんだって』
「………」
『もし過去と向き合って本当の自分を見つけて。自分探しで繋がっていた関係が切れたら俺が泣ける場所になろうって』
「………」
『そういう存在になれねーかなって言おうと思ってた』
なんでだろう。甘い卵焼きを食べたはずなのにしょっぱい味がする。
視界が歪んでうまくご飯が食べられない。
なんでなの。胸が締め付けられるようにうずく。
気がつくと私は勢いよく椅子から立ち上がって、教室を飛び出していた。廊下から見える窓の景色がまるで新幹線のように早い。
階段を一段飛ばしで駆け下りていく中でも校内では詩月の声が響いていた。
『お互い本当の自分を見つけて、話す機会も関わる機会も減って。だけど俺はずっとその子のことばかりを考えていて』
早く、早く、詩月の元まで早く。
『なあ、羽柴。俺は……』
――ガラッ!!
放送室にたどり着いた私は息を切らせてその扉を開けた。マイクの前に座る詩月を見てまた胸がドキドキとする。
「……ハア……なにこの放送……みんなに丸聞こえなんだけど!」
私の言葉を聞いた詩月は少しだけ微笑んで、校内放送のスイッチをOFFにした。
「焦った顔が見てみたくて」
「バカじゃないの……」
私たちの間に僅か沈黙が流れた。
私はずっとカメレオンみたいに表情が変わる詩月を見ていた。よく疲れないなあ、胡散臭いなあと思いながら、私は毎日毎日同じ顔。
それなのに詩月に会って、色々なことを知って、きみの傷跡に触れて、自分の傷跡とも向き合って。
いま自分がどんな顔をしているのか。
冷静に平常心を保てているだろうか。詩月の瞳に映る私はとても知らない顔をしていて、まだ心臓がうるさい。
「詩月。私、力がなくなった」
「うん」
「……だから……」
だからきみに触れてもいい理由がなくなった。
もう力はない。
触れなければきみの気持ちは分からない。
だけど、だけど……。
「羽柴。俺の気持ち分かる?」
詩月がゆっくりと私に近づいた。
どうしてだろう。見つめあっただけで同じ鼓動の音がする。
詩月がニコリと笑って、私の目から溢れた涙を優しく拭った。
「俺、羽柴が好きだ」
力がなくても伝わってくる気持ち。
たくさん話そう。飽きるまで、尽きるまで。
これからのことをきみと話したい。
だけど、今はこの想いから。
「うん。私も。私も詩月が好き」
弱虫だった私たちの手がゆっくりと重なる。
世界は綺麗なものばかりじゃない。
だけど、それでも。傷ついた心ごと好きだと思えたのは綺麗じゃないけど涙がでるほど愛しいこの世界。
越えていく。過去の自分を。
見つけていく、今日からまた新しい自分も。
この場所から、きみとこれから。
たくさんの幸せを見つけに一緒に生きていこう。
――【きみまであと、どのくらい。 END】
まずはじめにここまで読んでくださりありがとうございました!今回の作品は私の中では青春ミステリーかな、と思っております。
たくさん謎を散りばめるのが好きな私としてはとても書きやすいお話でした。
物語の進行上、羽柴が思念を読み取る際の描写が羽柴目線ではなくなるので、それはアリなんだろうかと悩みに悩みました。
どうしたら違和感なく物語を書けるのか。
詩月の過去も羽柴目線のまま口頭で物語を進める方法も考えましたが、どうも説明口調になってしまい、これじゃダメだなと途中から詩月の目線が入ります。
今までひとつの物語で視点が変わる物語は三人称以外で書いたことがなかったので読みづらかったり、混乱させてしまったらどうしようと今でも不安です。
ですが試行錯誤して無事に完結して、ふたりの成長も作品に込めた想いもすべて書ききりました。なのでなんだか思い入れが強くて、改めてお話を作ったり書いたりするのは楽しいなあと思えた時間でした。
野いちごに登録して10年。
相変わらずひっそり細々と書き続けていますが、こうして私の作品を見つけて読んでくださる方がいる限り、小説は書き続けていたいなと思います。
では最後になりますが、この作品を読んでくださったすべての方に感謝を――。
17.5.23 永良サチ