芹沢一派を壊滅させたのには、暗殺命令を会津藩から、受け取ったということが決定的であった。
だが、歳はそれがなくても、芹沢暗殺に尽力するつもりであったという。
そして、歳は見事にその役目を果たした。
その凄まじさは暗殺の場となった、八木邸の血のりの痕がべったりと残る程であった。
私は、武士道に反することを、したくなかった。
それ故、私は、芹沢一派の暗殺に疑問を抱いた。
武士のなかで、不意討ちで命を落とすことは不名誉なことだが、歳は、同志の芹沢一派を不名誉な形で暗殺した。
それは、芹沢不意討ちでもしないと、倒れそうにないという背景があったからこそであろう。
確かに、私も、芹沢を邪魔に思う時はあった。だか、それほど嫌ってはいなかった。
私は、武士道を貫きたいがため、その手で芹沢一派を壊滅させた、歳が信じられなくなりそうだった。
また、歳自身も、私に尽くしてくれることを友情の証と言うが、私には、そうとは、思えなかった。
昔、
『あなたには、不安定な心がありますね。だから、見放せないのですよ。その心を守りたいと、私は思ってしまうのです。』
と妻に言われたことがあった。
私の周りには、絶えず、人が寄り添っていてくれたことには、私の中にやはり、不安定な心があるから、ではないかと、私は、思い始めた。
歳も、そのようなことを感じているのではないだろうか?
この頃の私は盟友や、仲間にまで、疑問を抱き、信頼関係というものをきちんと築けていなかった。
それに加え、私は、局長なのに何も出来ない無力さを感じていた。仲間の行動に疑問を抱いてしまうことが、苦しかった。
こんな生活は、とても息が苦しく、窮屈だった。
遂に私は試衛館に、近々、帰るという趣旨の手紙を送った。
そんなことを歳に言えば、切腹刑を押し付けられそうなものだが、武士道を貫くことが、出来ぬのなら、切腹した方が良いと考えていた。
壬生浪士組の発端は、将軍家茂公の警備であったから
その役目が終わった以上、私達が、解散しても良いと思っていたこともある。
そんな矢先、島田魁が、長州藩の大物を捕らえた。
島田魁が、連れてきた長州藩の大物という人物はまず、歳の前へ連れていかれた。
歳がその人物を見極め、害がないとわかれば、私の元へ、連れてこられ、話を詳しく聞くらしい。
私は、また、蚊帳の外か…
私は独り、初夏の夜空に浮かぶ月を眺めながら、そう嘆いた。
しかし、島田も、こんな時間帯に長州藩の大物をよく、連れてきたな。
監察方は、夜目もきくというのか?監察方も、歳の管理下のもと、組織されているので、私は何もしらなかった。
新選組のことが、また一つ分からなくなったところで襖の奥から、声がした。
「近藤さん。」
総司の声だった。
総司は、歳と共に、大物の聴取に張り切って出掛けたのだが…
「どうした?総司?」
私がそう声をかけると、沖田は襖の奥で、再び声を発した。
「歳さんが、お呼びです。」
珍しい。長州の者は歳の目にかなったのか?
どちらにせよ、歳が私を呼びつけるのは、珍しいことであった。
歳は、私に用があれば、歳がやってくるのだが…
「分かった。今、行く。」
総司にそう、声をかけた。立ち上がり、襖を開けると、幾分か、顔色の優れない総司がいた。
「総司、具合が優れないか?」
私がそう聞くと総司は頭を左右に大きく振った。
「いえ、大丈夫です。…」