しかし、もしかしたら、そうでは、ないのかもしれぬ。

葉月が私の守り神だったのかもしれぬ。

彼女のおかげで、惣次郎だった少年を総司に育て上げることができた。

彼女が道場の客をもてなしたから、試衛館には、それぞれの流派の剣客が集まった。

彼女が笑っていてくれたから、私は日々を穏やかに過ごすことが出来た。







私の願いは葉月が戻ってこない限り叶いそうもなかった。

私は日々を穏やかに過ごすことを止めた。

葉月がいないなら、いっそうのこと、葉月を探しにいく、旅へ出かけようと、本気で、考えたことも、あった。

だが、現実的な問題から考えると、それは、無理なことだった。
「かっちゃん、最近、脱け殻みたいだぜ。」

歳はそんな私を気にしてくれていた。

「どこがだよ?別にふつうだろ?」
歳はその美しい顔をゆがめて言った。

「やっぱり、夫婦約束は断るべきだったんだよ。」
そう嘆くように歳は呟いた。

「なぜ、そのようなことを言うか?松井家と縁を深くすれば、近藤家にとって、必ず良いことが起こるのではないか?」



「かっちゃん、それ、本気で言っているか?」
歳は更に眉をひそめた。

「本気だ。何も間違ったことを 口にしてはいないだろ?」

歳は押し黙った。
「…だが、かっちゃんはどう考えている?他の女に勇さんと呼ばれたくないんだろ?」

歳は核心をついてきた。確かに、私は他の女、いや、女だけでなく他の者の全てにおいて、我を″勇さん″と呼ばせることを許さなかった。





「他の者には、何があっても、そう呼ばせない。」

勇さんとは、葉月だけが呼んで良いものである。

「フッ、かっちゃん、意外と女々しいんだな。」
歳は私を嘲笑うようなことを言ったが、嫌みはなかった。

「おらぁ、そっちのかっちゃんの方が好きだぜ。」
江戸っ子なまりの歳の言葉は私をあたためた。











その日から、私の考えは、変わった。私は、葉月といたときの我を再現することにした。

私がそうあれば、葉月も安心して、私の元へ、戻ることが、できるであろう。

私は無理に変わらなくて良いのだ。葉月を愛し、葉月のことで頭が満たされているのも、私の本来の姿なのだから。








1861年
多少、動きにくくなってきた。

私の妻であるつねが口には出さぬが、子を欲しがっているからだ。

その辺の男と子をつくればいいじゃないかと思う私は、非情だろうか?








だが、子をつくるのも、1つの手立てかも、しれぬ。

子をつくれば、私の後継者は生まれたも同然だ。

私は万機、この時世についての討論ができる。







しかし、私は、討論を交わすだけて、満足をする、口だけの連中になりたくなかった。

そして、運命の別れとも言える年がやってくる。