嫌な予感が、した。
「葉月?どうしたんだ?」
再び、返事は返ってこなかった。
私は急いで湯をあがり、浴衣を召し、風呂の通気口へ言った。
そこには、葉月が、いなかった。
嫌な冗談だと思い、台所や、葉月の寝床へ向かったが、葉月はどこにもいなかった。
そう、桜が散る頃、彼女も共に、消えたのだ。
これが、嶋崎勇としての最後の出来事であった。
幕末、一人の男の元に後に名を残す人物達が募った。
彼らはその男の人柄に惚れたと言う。
だが、もしかしたら、彼らはその男がたまに見せる儚さに興味を湧かされたのかもしれぬ。
1860年
「勇、お前もそろそろ嫁をとらんといかんだろう?」
我が師の近藤周助は、私にそう告げた。
「そうですね。私もそろそろ考えていい頃だと思っておりました。」
時というものは、不思議だ。
私はあれほど愛していた、どこか儚く、幼い澄んだ目をした葉月の眩しい微笑みがいつしか思い出せなくなっていた。
だが、葉月に告げることの出来なかった燃ゆる想いは、日に日に増していくばかりであった。
「葉月…。」
私の嘆いたその言葉も、暗く静かな夜の空へと吸い込まれていった。
「勇、この中から、選びなさい。」
私は今、義父(ぎふ)の周助先生と、私の婚約者選びをしている。
「わしは、山村のとこのお嬢さんが良いと思うぞ。」
山村家の女は、家は下級武士であるものの、気配りができ、とても、美しいと評判だ。
だが、私は…
「松井家のおつねさんにいたします。」
彼女の評判は、酷いものだった。出自は、上級武士であるものの、顔の器量は、お世辞にも良いとはいえぬ女だった。
だが、私はそんな彼女だからこそ嫁に欲しかったのだ。
私はこの女を利用してやろうと考えていた。