「勇さん。これは?」

試衛館への帰りの道で私は街の小物屋で買った簪(かんざし)を彼女に渡した。

「簪(かんざし)だ。次に出かける時はそれをつけてくれないか?」
ただの独占欲だった。だが、彼女は私に応えた。

「勿論ですとも。こんな綺麗な簪(かんざし)初めて見たわ。あっ、そうだ。勇さん、ここで着けてくれないかしら?」
葉月はそう言い、立ち止まった。
葉月が簪(かんざし)を気に入ってくれたことは、素直に嬉しかった。

「あぁ。」

私も、歩みを止め、彼女にあげたばかりの簪(かんざし)を再び受け取る。

少しばかりであったが、彼女の手に触れ、彼女の熱が私に伝わり、とても、心地が良かった。



「…少し、恥ずかしいですね。」

彼女はそう言い、うつむいた。

私は、どうしようもなく、彼女に触れたかった。

私が簪(かんざし)をつけてやる手を止めると、彼女は私を見上げた。


そして…





どちらかともなく、口づけを交わした。












こんな時間がいつまでも続けばいいと思った。

















だが、別れは突然だった。








そう、葉月と逢瀬に出かけたあの日、確かに葉月と試衛館へ帰った。

そして、共に夕餉を食べ、葉月に風呂を沸かしてもらった。その風呂に浸かりながら、葉月との逢瀬を思い出していた。
たまに聞こえてくる葉月の
「湯加減はいかがですか?」
という声が心地良かった。
「葉月、また出かけような。」

私が葉月にそう尋ねると、彼女は言った。
「そうですね。私もまた、勇さんと出かけたいです。」

ゆっくりと時間が流れていった。

いや、時の流れは早く、逆らえなかったものだったかもしれない。






葉月はまた、
「湯加減はいかがですか?」
と尋ねた。

私は、いつものように『いい湯加減だ。』と言おうとした。
だが、珍しく、葉月が私の言葉を遮った。
「勇さん。私、…」

その言葉は続くことがなかった。

「葉月?どうした?」
返事はいつまで待っても、返ってこなかった。
嫌な予感が、した。

「葉月?どうしたんだ?」
再び、返事は返ってこなかった。

私は急いで湯をあがり、浴衣を召し、風呂の通気口へ言った。

そこには、葉月が、いなかった。

嫌な冗談だと思い、台所や、葉月の寝床へ向かったが、葉月はどこにもいなかった。