少しばかり、意地悪したくなった。

「なんのことですか?」
本当は、分かっていた。なぜなら…

「ほ、本当の本当に忘れちゃいましたか?」

葉月は私から目線を反らし、聞いた。そんな葉月を私は愛らしいと思った。

もう、意地悪は止めよう。
なぜなら、私もこの日を楽しみにしていたのだから。葉月と逢瀬が出来るこの日を、私はずっと待ちわびていた。
「冗談ですよ。」
私は、そう言って葉月に微笑みかけた。

「じゃぁ…」
葉月は期待に満ちた目で私を見た。

「勿論、覚えてますよ。街へ、出かけるのですよね?」

そう、私はあの日以来、葉月と並んで街を歩くことは、なかった。葉月はこの7年、ずっと街へ、行っていなかったのだ。
それを不憫に思った義母(ぎぼ)ほ、葉月に休息を与えた。

そして、稽古のない私に声をかけてきたのだ。
「葉月、少し待っていて下さい。支度をする故。」

私と同様、葉月はこの日を待ちわびていた。

街とはどのようなところか私や、総司の話を聞き、想像をしていた。

「勿論、待っていますよ。私も支度をしてきます。」
確かに、葉月は女中の服を着ており、それでは、街へ出たとき浮いてしまう。
私は、支度を整え葉月を待っていると、パタパタと忙しくこちらに何かが近づいてくる音がした。

葉月だった。

それも、普段はしない、化粧をほどこし、着物も明るい色で、色白な葉月にとても良く、似合っていた。

「待たせてしまって、すみません。」

葉月は、紅色の紅を引いた綺麗な口を動かして、そう言った。

私は、思わず葉月に、見とれてしまった。
「あ、あの、勇さん?似合ませんか?」
葉月は自信がなく、不安な顔で私に尋ねた。

私は葉月を不安にしてしまったらしい。
「あっ、いや。そんなことはないぞ。ただ…」

「ただ?」
彼女は顔を上げて私に尋ねた。

「貴方がいつもに増して、綺麗だと思っていたのだ。」

私がそう言うと、葉月は頬を染めた。
この手で抱き締めたいそう思った。

「…そうか、忘れていたけど、この時代の人ってたらしだったんだ。」

葉月は度々良くわからない言葉を話す。

「葉月?」

「あっ、何でもないわ。

でも、私はこの時代の人の方が好きということです。」

彼女はそう言い、微笑んだ。

よく分からなかったが、貴方が私たちのことを

信頼しているということはなんとなく

察した。

「そうか、では、街へ行くとするか。」

私達は街へでた。そこで、見物や、買い物を楽しんだ。






「勇さん。これは?」

試衛館への帰りの道で私は街の小物屋で買った簪(かんざし)を彼女に渡した。

「簪(かんざし)だ。次に出かける時はそれをつけてくれないか?」
ただの独占欲だった。だが、彼女は私に応えた。

「勿論ですとも。こんな綺麗な簪(かんざし)初めて見たわ。あっ、そうだ。勇さん、ここで着けてくれないかしら?」
葉月はそう言い、立ち止まった。
葉月が簪(かんざし)を気に入ってくれたことは、素直に嬉しかった。

「あぁ。」

私も、歩みを止め、彼女にあげたばかりの簪(かんざし)を再び受け取る。

少しばかりであったが、彼女の手に触れ、彼女の熱が私に伝わり、とても、心地が良かった。



「…少し、恥ずかしいですね。」

彼女はそう言い、うつむいた。

私は、どうしようもなく、彼女に触れたかった。

私が簪(かんざし)をつけてやる手を止めると、彼女は私を見上げた。


そして…





どちらかともなく、口づけを交わした。