1858年
このごろ、試衛館は活気が溢れていた。

後の新選組の幹部となる山南敬助、永倉新八、藤堂平助、原田左之助、斎藤一、沖田総司、井上源三郎そして、土方歳三らが集まっていた。

その中でも、特に私は土方歳三と仲が良かった。

彼は私を″かっちゃん″と呼び、私は彼を″歳″と呼んだ。歳は顔立ちが整っており、どこへ行っても歳の噂は絶えなかった。

私は歳だけは、何があっても信じていられるだろうと思っている。


私達は剣術の稽古の後、時世について、討論を交わし、酒も酌み交わし、総司と出稽古に出て多少は稼ぎを得ていた。
葉月はそんな私達を暖かく見守っていた。時には、葉月も討論に加わっていた。驚いたことに、彼女は私達が知らない知識や、私達が思いも寄らない考え方をしていた。

山南(さんなん)や、歳、永倉くん、斎藤くんはそれを不審に思っていたが、葉月と打ち解けると、その不思議なところも葉月の魅力だと理解した。




そう、私達はこんな日々がいつまでも続くと思っていた。
「斎藤くんが、最近、見られないなぁ。」

まず、変化したことは、斎藤くんが試衛館に、出入りしなくなったことだった。

「はい。斎藤さんは元々、食客でも、なかったので私にも詳しいことは…。」

斎藤くんは何を考えているのか分からず、取っ付きにくく、短気な部分もあるが、根は真面目だ。

経歴も不明で、私達には明石浪士と名乗ったが、それさえも、違うような気がする。
「そうか、して、斎藤くんは生きていると思うかね?」

斎藤くんの安否を平助に聞くと、彼は笑って言った。

「あの、斎藤さんですよ。きっと心配は無用です。」

平助は斎藤くんと一番打ち解けていた。

歳は同じだったはずだ。平助は斎藤くんを信頼しているからこそ、笑っていられるのだろう。


だが、この後、斎藤くんの無事を知らせる便りは誰にも届かなかった。

斎藤くんが、どこで、何をしていたかは、私達が京へ参り、知ることとなるのだが、

まさか斎藤くんが明石の旗本を斬り捨てたなど、
1858年の私達や、斎藤くん自身も、知り得なかった。
1858年、4月22日
「勇さん。勇さん。起きて下さい。勇さん。」
あぁ。葉月の声がする。朝からいい気分だなぁ。

「もう、勇さんってば!ぅう~。こうなったら、めいちゃんのごとく、おきろー」

葉月の凛とした威勢のいい声がキーンと私の中に響いた。

「うわぁー。起きましたから。大きな声出さないで下さい。」

私が重い目を開けると、そこには、いつもに増して、元気な葉月がいた。

「だって、勇さんが起きないのですもの。」
口をすぼませた葉月が愛らしい姿で言った。

「そんなことより、忘れていないですよね?」
葉月はとっても楽しそうな顔で私に尋ねた。

少しばかり、意地悪したくなった。

「なんのことですか?」
本当は、分かっていた。なぜなら…

「ほ、本当の本当に忘れちゃいましたか?」

葉月は私から目線を反らし、聞いた。そんな葉月を私は愛らしいと思った。

もう、意地悪は止めよう。
なぜなら、私もこの日を楽しみにしていたのだから。葉月と逢瀬が出来るこの日を、私はずっと待ちわびていた。
「冗談ですよ。」
私は、そう言って葉月に微笑みかけた。

「じゃぁ…」
葉月は期待に満ちた目で私を見た。

「勿論、覚えてますよ。街へ、出かけるのですよね?」

そう、私はあの日以来、葉月と並んで街を歩くことは、なかった。葉月はこの7年、ずっと街へ、行っていなかったのだ。