私は、その後、おじいさんの手伝いをして、日々を過ごしていた。
人と接することは、時に、苦しいこともあったが、笑顔で『ありがとうございました。』と言う患者さんの姿をみると、そんなことも、乗り越えられた。
また、おじいさんのもとには、様々な患者さんが訪れた。
その中に、久坂玄瑞と名乗る人物がいた。
私は、その名を聞いてから、確信した。
この時代は、幕末であると。
そう確信してからは、信じられない程、私が幕末を生きていることを自覚させられた。
まず、患者さんが、よく話している、壬生浪士組の正体だ。私は、だてに新選組の本を読んではいない。
だから、その壬生浪士組が新選組であることは、容易に予想がついた。
次に、この時代の今は、西暦で言うと、1864年の3月頃ということだ。
新選組、筆頭局長の芹沢鴨が去年、亡くなったことや、今の季節から、考えて、そうであろう。
「葉月さん。辰路の出産に是非、立ち会って貰いたいのだが…」
いつものように、忙しい診療所に歴史に名を残す久坂玄瑞がやって来た。
辰路さんというのは、彼の愛人で、久坂玄瑞の子を身ごもっている。
「わ、私は出産に立ち会った回数が、少なく、先生のそばで、見ていることしか、出来なかったので、申し訳ないのですが、その要望には、応えることは、出来ませぬ。」
それも、1つの理由だが、私にはもう1つ出産に立ち会えない訳があった。
「そうですか。葉月さんなら、仕事が早く、丁寧なので、安心だったのですが…」
久坂玄瑞の本当に落ち込んでいる顔を見ると、心が傷んだ。
しかし、今の私には新選組と敵対する者の子をとりあげるなど、到底出来なかった。
そして、8月18日の政変で京を追われたはずの久坂玄瑞が偽名も使わずに、
のうのうとまるで、新選組をばかにしているかのように、京の街を動き回っているのが、許せなかった。
「すみません。私の経験が浅いばかりに…。」
私はそう言い、久坂玄瑞を診療所の前で、見送った。
彼は、礼儀正しいようで、私に一度頭を下げてから、診療所を出ていった。
私は、気づかなかった。この場面を監視されていたことに…。
1864年、4月22日
桜がほとんど散り、葉桜が綺麗に見られた頃のことであった。
この日はいつもより、目覚めが良く、気持ち良く一日を過ごせそうだった。
私はいつもより早く支度を整え、診療所へ歩みを進めると、そこには、いつもは、私より遅くに診療所に着く、先生の姿があった。
「先生、今日は、早いですね。」
私がそう声をかけると、先生は、険しい表情で言った。
「葉月、久坂玄瑞の子をとりあげたか?」
先生は、元々、幕府が後援する昌平坂学問所で、医学を学んでいた。
そのため、幕府への忠誠心は強く、新選組に協力することも、多々あった。
だが、敵とは、言えど、医者として、怪我人を助けないこともできず、久坂玄瑞を診療所で診た。
それ以来、久坂玄瑞はよく、この診療所を訪れたが、先生は、余り乗り気ではなかった。
それに、先生は、己が曖昧な立ち位置にいることを嫌い、そろそろ久坂玄瑞をきろうと考えていた。
その矢先、私は久坂玄瑞に子をとりあげてほしいと頼まれたのだが…
「まさか、そんな訳がありますまい。私が、新選組を気に入っているのは、先生もご存知でしょう?」
私がそう言うと…