部活を終えて家に帰って、北大路からメールが来ていたのに気がついた。レコーディングしたものを、すぐに送って来ていたらしい。
パソコンを起動して、添付されていた音楽ファイルを再生すると、私の作ったボカロ曲を歌う北大路の声が聴こえてきた。
やっぱり、かなり上手い。エフェクトなしでこれだけ聴かせられるっていうのはすごい能力なのだと思う。
『レコーディングの練習のために録ってみた』なんてメールには書いてあったけれど、編集して動画をつければ十分投稿できるレベルだ。
でも……私の作った曲はあまり北大路の声にあっていないと感じていた。
たぶん、私はドラムやギターがもっと鳴っている曲と合わさった北大路の声を聴きたいのだ。
コピーとはいえバンドの演奏をバックに歌う北大路の声は、すごく魅力的だった。それにすごく楽しそうだった。
北大路はたぶん、誰かと一緒に何かするのが好きなのだ。だから、私に曲を作らせることにこだわったのだろう。
そう思うと、やりきれない気持ちになる。
「もしもし」
北大路の歌声を何度か繰り返して聴いていたら、着信があった。表示を見るとムラモト先輩からで、私は慌てて電話に出た。
『メーちゃん、今大丈夫?』
「大丈夫です」
『北大路くんのこと友達に聞けたからさ、忘れないうちに電話しとこうと思って』
「あ、ありがとうございます」
早い。まるで諜報員みたいだ。それにそんなふうに情報が入ってきてしまう北大路も、やっぱりモブではないのだなと実感する。誰かが私のことを探ったところで、「誰だっけ?」とか「そんなやついたっけ?」となるだろう。もしくは、「漫研部にいる、何かよくわかんないやつ」くらいの情報しか得られないと思う。
「早かったですね。どうやってわかったんですか?」
『例の友達に「北大路くんってカッコイイよねー。何でバンド辞めちゃったんだろ」って言ったらさ、すぐに聞き出せちゃったよ』
すげぇ。マジで諜報員だ。私ももしかしたら、これまでこうしてさらりと何かを聞き出されていたのかもしれない。
『でさ、辞めた理由っていうのが簡単にいうと、痴情のもつれだったみたいよ。何か、ギターの子の彼女に手を出したとか』
「……はぁ」
『びっくりだよね。私としたらそこはギターくんとの直接痴話喧嘩がよかったなあ』
私も、そっちのほうがどれだけマシだろうと考えていた。
愛情の末に憎しみあって、喧嘩して殴り合って組んず解れつ……おっとっと。焦りすぎて思考が混濁していた。
『メーちゃん聞いてる?』
「……はい、びっくりしちゃって思考が秘密の花園に旅立ってました」
『やだもー、メーちゃんたら。でも、妄想しちゃうのわかるわ。北大路くんみたいなイケメンが主役のBLとか、いいもんね。サナちゃんとも話したけど、やっぱりヴォーカル総受けよ。ギターもベースもドラムも、ライブハウスのオーナーもみんなヴォーカルを狙ってるの』
「それ、いいですね。めちゃくちゃモテモテじゃないですか。あはは」
笑ってごまかしたけれど、正直全然笑えていなかった。
痴情のもつれ? 手を出した? 北大路が?
得たばかりの情報が頭の中を駆け巡って、ぐちゃぐちゃになっている。
ムラモト先輩からもたらされた情報は、私の知っている北大路の姿には全く結びつかなくて、私はただひたすら混乱していた。
先輩との電話を切ってからも、頭の中は全然整理できなかった。
人の彼女に手を出すということはつまり、「お前、あいつと別れて俺の女になれよ」とか「俺じゃだめなのか?」とか「あいつの彼女だってわかってるけど、お前のこと好きなんだ」とか行っちゃうやつだろう。それに手を出すってことは、つまり……
「でも、ちゃんと筋は通しそうなキャラなんだけどな……それに、めっちゃ童貞って言ってなかったっけ?」
漫研の部室で禁書を手にしたときの初心な反応を思い出す限り、北大路が軽音部を追い出された理由が、どうしても納得いかなかった。