知っていると思っていることでも、改めて勉強してみると新たな発見がある。
道具は何でも使って覚える派の私だけれど、この前、買ったきり本棚に差しっぱなしだったソフトに付属の教則本を読みながらデジタルイラストを描いてみたら、色々な機能を初めて知ったということがあった。
同じ機種のスマホを使っている葉月から、気づいていなかった便利機能を教えてもらったということも。
そんなわけで、新たな発見を求めて作曲の教科書を読み直している。
コード進行なんて勉強したことがなかったけれど、知ってみるとためになった。自分が自然と使っていたのが90年代に多く使われたある種王道のコード進行だとわかったり、流行りのボカロ曲の多くが同じコード進行を使っていることがわかったり。
これまでは手探りで作っていたところを、これからは「このコード進行で行こう!」と先に決めて作曲することができる。
「メーさん、熱心だね」
部室でも読んでいたから、部長にそう声をかけられてしまった。この部の主な活動は部誌を年数回発行することで、日々部室に集まっているのは漫画の話をするという名目の雑談だから問題ないけれど。
「メーさんみたいに好きなことしててくれていいから、一年生も部室に来てくれたらいいんだけどなぁ」
部長は漫画を読みながら、今ここにいない一年部員たちについて嘆いていた。一年生は男子が三人ほどいるのだけれど、ほとんど部室に顔を出さない。夏前に発行した部誌には原稿を寄せていたし、文化祭で出す部誌にも参加する気はあるらしいけれど。でも、放課後部室にやってきて先輩たちと親睦を深める気はないらしい。
「まぁ、キンヤくんがほぼ部員みたいになってることだし、『漫研ときどき音楽部』になってもいいから何とか部を存続させてね」
「はい、頑張ります」
部として存続させていくには部員が最低五人必要で、今のところは大丈夫だけれど、来年入ってくる子たちもこうして部室に寄り付かないのであれば、確かに不安も出てくる。
「来年のオリエンテーションの部活紹介でさ、キンヤくんにコスプレさせて客寄せしようよ」
ほらほら、と言ってサナがスマホを差し出してくる。画面に表示されているのは私の好きなキャラの衣装で、北大路が着ればさぞ似合うだろうけれど、それだけに何か嫌だった。
「北大路くんって、今日は漫研に来てないんだね」
久しぶりに部室にやってきていたムラモト先輩が、残念そうに言った。三年生では一人だけの女子のため、私たちの入部をすごく喜んで可愛がってくれた人だ。三年になってから本格的に塾に通い始めたため、最近はなかなか部室に顔を出せないらしい。
「レコーディング用のマイクをあげたら早速録りたくなったらしくて、今日は帰りました」
レコーディングのたびに我が家にやってきてもらうのも何だからと、無期限貸出ということで北大路に道具一式を渡したのだ。本当はあげても良かったのだけれど、兄ちゃんが「あいつにあげるのは何かヤダ」とごねたのだ。
中学時代の私の体験を知っていて心配してくれていたはずだったのに、その心配がなくなっても北大路のことは好かないらしい。たぶん、自分がうまくやれなかった『歌ってみた』で北大路が結構視聴数を稼いでいるのが気に入らないのだろう。
そんなことを言っても、うちの愚兄と北大路とでは、そもそも実力の差が半端じゃないのだから、僻むのがおかしいと言うものだ。
「あ、新曲聴いたよ。曲を何度も聴き込んだあとタイトル見ると笑えるよね。悪意あるわ、あのタイトル。もちろん良い意味で」
「ありがとうございます。あの詞を北大路が書いたと思ったらムクムクとイタズラ心が湧いてきてしまって……」
「あー見たかったイケメン。イケメンいるよって言われて久々に部活来たのに」
「写真ありますよー」
サナはスマホを操作すると、いつぞやの漫画を読みふける北大路の写真をムラモト先輩に見せた。こう見ると、まあイケメンである。しゃべると大変残念だけれど。
「あ、この子見たことあるわ。去年の文化祭の軽音部のステージ発表で。そっかそっか、この子か」
先輩は、サナのスマホを食い入るように見つめながら言う。さすがイケメン好き。二次元のイケメンについて尋ねるとスラスラ答えが返ってくるイケメン事典なだけのことはある。
「演奏どうでした? うまかったですか?」
「うん、聴けたよ。高校の軽音部って下手すると楽器持って騒いでるだけっていうようなレベルの子たちもいる中、聴かせる演奏ができてたからね。あ、確かムービー撮ったのがあるから見る?」
「はい、見たいです」
「あったあった」
先輩が差し出してくれたスマホの画面を見ると、小さいけれど体育館のステージが写っていた。音量を上げてもらってやっと聴こえる程度にしか音は録れていなかったけれど、人気バンドの曲を演奏しているのがわかった。
「コピーバンドなんですね。てっきりオリジナルをやってるのかと思ってました」
「何か一年でオリジナルやるのは生意気みたいな風潮があって、オリジナルやれるのは二年かららしいよ。変な慣習よね」
ということは、本来なら今年の文化祭でやっと自分たちのバンドの曲とやらをやれたはずだったのか……。
そのことを思うと、何か胸にひっかかった。
「キンヤくんうまいねー。……メーちゃん、何考えてるの?」
サナが心配そうな顔で覗き込んできた。
「いや、やっぱり北大路の声はバンド音楽が合うなぁって。私の今の知識じゃバンドスコアの曲ってまだ作れないから、もっと勉強しなきゃなって」
「おお! メーちゃん、どういう心境の変化?」
「どうせ一緒にやるなら、北大路の歌声の魅力を最大限に引き出してやりたいって思っただけだよ」
サナには隠し事をしたって無駄だから、本当のことを話しておく。北大路本人がいたら絶対に言いたくないけれど、歌う人の魅力を引き出せる曲を作りたいというのはボカロを扱うときでも考えていることだ。
その子その子に合う音域や曲調があって、それをきちんと意識するのは大切だと思う。特に、私が惹かれて購入したボカロたちは、少し癖が強くてヒット曲になかなか恵まれない印象があった。だからこそ、その子にしか歌えないものを作ってあげたいと思ってこれまで取り組んできた。
正直言って、『俺に彼女なんかいないけど』は北大路のためというより、私のお気に入りのボカロのために作った曲だった。
でも、今度はちゃんと北大路のための曲を作りたい。北大路にしか歌えない、北大路の魅力を引き出せる曲を。
「バンド辞めなきゃ仲良くなる機会なんてなかっただろうけど、キンヤくん、もったいないね。なんで辞めちゃったんだろ?」
「何か、音楽の方向性の違いで追い出されたって言ってたけど」
「こんなうまいボーカル追い出すって……へー」
サナは納得いかないという様子で画面を見つめていた。確かに、よく考えると変な感じもする。
ナルシストすぎて仲違いをしたのかと今まで思っていたけれど、クラスでの様子を見る限り普通に友達もいるみたいだし、どうも違うんじゃないかという気がしてきた。
「気になるなら、軽音部のファンの子が友達にいるから内情探ってもらっちゃう? さすがに本人には聞き辛いしね」
「えっと……わかれば。そんなに積極的に聞かなくてもいいんで、世間話的に耳に入れば」
何となく、コソコソと人の事情に踏み入るような行動が躊躇われたけれど、知りたい気持ちがないといえば嘘になる。
その微妙な心情を理解してくれたらしく、ムラモト先輩は「まあ、さりげなく聞いとくわ」と言ってくれた。ありがたや。
「先輩はバンド好きなんですか?」
「うん。ただし二次元限定で。最近乙女ゲームにもバンドブームが来ててね、この動画は絵の資料になればなぁって撮ってたの」
「あ、なるほど」
私は先輩が無類の乙女ゲーム好きということを忘れていた。というより二次元のイケメン好き。好みのイケメンが出てくるのなら乙女ゲームからBLゲームから格ゲーまで幅広く嗜まれるのだ。
「バンドって、カップリングを考えるとどうしてもヴォーカルが受けになることが多いですよねー」
「何言ってるのサナちゃん。ヴォーカル総受けに決まってるじゃない」
「ですよねー」
その上サナとBL談義もできる腐女子でもある。とにかく、イケメンが愛でられれば何でもいいらしい。その素材(キャラ)をもっとも美味しくいただくためならば、調理法(ジャンル)は問わないという姿勢は、まるでグルメに一家言ある人のようだ。
道具は何でも使って覚える派の私だけれど、この前、買ったきり本棚に差しっぱなしだったソフトに付属の教則本を読みながらデジタルイラストを描いてみたら、色々な機能を初めて知ったということがあった。
同じ機種のスマホを使っている葉月から、気づいていなかった便利機能を教えてもらったということも。
そんなわけで、新たな発見を求めて作曲の教科書を読み直している。
コード進行なんて勉強したことがなかったけれど、知ってみるとためになった。自分が自然と使っていたのが90年代に多く使われたある種王道のコード進行だとわかったり、流行りのボカロ曲の多くが同じコード進行を使っていることがわかったり。
これまでは手探りで作っていたところを、これからは「このコード進行で行こう!」と先に決めて作曲することができる。
「メーさん、熱心だね」
部室でも読んでいたから、部長にそう声をかけられてしまった。この部の主な活動は部誌を年数回発行することで、日々部室に集まっているのは漫画の話をするという名目の雑談だから問題ないけれど。
「メーさんみたいに好きなことしててくれていいから、一年生も部室に来てくれたらいいんだけどなぁ」
部長は漫画を読みながら、今ここにいない一年部員たちについて嘆いていた。一年生は男子が三人ほどいるのだけれど、ほとんど部室に顔を出さない。夏前に発行した部誌には原稿を寄せていたし、文化祭で出す部誌にも参加する気はあるらしいけれど。でも、放課後部室にやってきて先輩たちと親睦を深める気はないらしい。
「まぁ、キンヤくんがほぼ部員みたいになってることだし、『漫研ときどき音楽部』になってもいいから何とか部を存続させてね」
「はい、頑張ります」
部として存続させていくには部員が最低五人必要で、今のところは大丈夫だけれど、来年入ってくる子たちもこうして部室に寄り付かないのであれば、確かに不安も出てくる。
「来年のオリエンテーションの部活紹介でさ、キンヤくんにコスプレさせて客寄せしようよ」
ほらほら、と言ってサナがスマホを差し出してくる。画面に表示されているのは私の好きなキャラの衣装で、北大路が着ればさぞ似合うだろうけれど、それだけに何か嫌だった。
「北大路くんって、今日は漫研に来てないんだね」
久しぶりに部室にやってきていたムラモト先輩が、残念そうに言った。三年生では一人だけの女子のため、私たちの入部をすごく喜んで可愛がってくれた人だ。三年になってから本格的に塾に通い始めたため、最近はなかなか部室に顔を出せないらしい。
「レコーディング用のマイクをあげたら早速録りたくなったらしくて、今日は帰りました」
レコーディングのたびに我が家にやってきてもらうのも何だからと、無期限貸出ということで北大路に道具一式を渡したのだ。本当はあげても良かったのだけれど、兄ちゃんが「あいつにあげるのは何かヤダ」とごねたのだ。
中学時代の私の体験を知っていて心配してくれていたはずだったのに、その心配がなくなっても北大路のことは好かないらしい。たぶん、自分がうまくやれなかった『歌ってみた』で北大路が結構視聴数を稼いでいるのが気に入らないのだろう。
そんなことを言っても、うちの愚兄と北大路とでは、そもそも実力の差が半端じゃないのだから、僻むのがおかしいと言うものだ。
「あ、新曲聴いたよ。曲を何度も聴き込んだあとタイトル見ると笑えるよね。悪意あるわ、あのタイトル。もちろん良い意味で」
「ありがとうございます。あの詞を北大路が書いたと思ったらムクムクとイタズラ心が湧いてきてしまって……」
「あー見たかったイケメン。イケメンいるよって言われて久々に部活来たのに」
「写真ありますよー」
サナはスマホを操作すると、いつぞやの漫画を読みふける北大路の写真をムラモト先輩に見せた。こう見ると、まあイケメンである。しゃべると大変残念だけれど。
「あ、この子見たことあるわ。去年の文化祭の軽音部のステージ発表で。そっかそっか、この子か」
先輩は、サナのスマホを食い入るように見つめながら言う。さすがイケメン好き。二次元のイケメンについて尋ねるとスラスラ答えが返ってくるイケメン事典なだけのことはある。
「演奏どうでした? うまかったですか?」
「うん、聴けたよ。高校の軽音部って下手すると楽器持って騒いでるだけっていうようなレベルの子たちもいる中、聴かせる演奏ができてたからね。あ、確かムービー撮ったのがあるから見る?」
「はい、見たいです」
「あったあった」
先輩が差し出してくれたスマホの画面を見ると、小さいけれど体育館のステージが写っていた。音量を上げてもらってやっと聴こえる程度にしか音は録れていなかったけれど、人気バンドの曲を演奏しているのがわかった。
「コピーバンドなんですね。てっきりオリジナルをやってるのかと思ってました」
「何か一年でオリジナルやるのは生意気みたいな風潮があって、オリジナルやれるのは二年かららしいよ。変な慣習よね」
ということは、本来なら今年の文化祭でやっと自分たちのバンドの曲とやらをやれたはずだったのか……。
そのことを思うと、何か胸にひっかかった。
「キンヤくんうまいねー。……メーちゃん、何考えてるの?」
サナが心配そうな顔で覗き込んできた。
「いや、やっぱり北大路の声はバンド音楽が合うなぁって。私の今の知識じゃバンドスコアの曲ってまだ作れないから、もっと勉強しなきゃなって」
「おお! メーちゃん、どういう心境の変化?」
「どうせ一緒にやるなら、北大路の歌声の魅力を最大限に引き出してやりたいって思っただけだよ」
サナには隠し事をしたって無駄だから、本当のことを話しておく。北大路本人がいたら絶対に言いたくないけれど、歌う人の魅力を引き出せる曲を作りたいというのはボカロを扱うときでも考えていることだ。
その子その子に合う音域や曲調があって、それをきちんと意識するのは大切だと思う。特に、私が惹かれて購入したボカロたちは、少し癖が強くてヒット曲になかなか恵まれない印象があった。だからこそ、その子にしか歌えないものを作ってあげたいと思ってこれまで取り組んできた。
正直言って、『俺に彼女なんかいないけど』は北大路のためというより、私のお気に入りのボカロのために作った曲だった。
でも、今度はちゃんと北大路のための曲を作りたい。北大路にしか歌えない、北大路の魅力を引き出せる曲を。
「バンド辞めなきゃ仲良くなる機会なんてなかっただろうけど、キンヤくん、もったいないね。なんで辞めちゃったんだろ?」
「何か、音楽の方向性の違いで追い出されたって言ってたけど」
「こんなうまいボーカル追い出すって……へー」
サナは納得いかないという様子で画面を見つめていた。確かに、よく考えると変な感じもする。
ナルシストすぎて仲違いをしたのかと今まで思っていたけれど、クラスでの様子を見る限り普通に友達もいるみたいだし、どうも違うんじゃないかという気がしてきた。
「気になるなら、軽音部のファンの子が友達にいるから内情探ってもらっちゃう? さすがに本人には聞き辛いしね」
「えっと……わかれば。そんなに積極的に聞かなくてもいいんで、世間話的に耳に入れば」
何となく、コソコソと人の事情に踏み入るような行動が躊躇われたけれど、知りたい気持ちがないといえば嘘になる。
その微妙な心情を理解してくれたらしく、ムラモト先輩は「まあ、さりげなく聞いとくわ」と言ってくれた。ありがたや。
「先輩はバンド好きなんですか?」
「うん。ただし二次元限定で。最近乙女ゲームにもバンドブームが来ててね、この動画は絵の資料になればなぁって撮ってたの」
「あ、なるほど」
私は先輩が無類の乙女ゲーム好きということを忘れていた。というより二次元のイケメン好き。好みのイケメンが出てくるのなら乙女ゲームからBLゲームから格ゲーまで幅広く嗜まれるのだ。
「バンドって、カップリングを考えるとどうしてもヴォーカルが受けになることが多いですよねー」
「何言ってるのサナちゃん。ヴォーカル総受けに決まってるじゃない」
「ですよねー」
その上サナとBL談義もできる腐女子でもある。とにかく、イケメンが愛でられれば何でもいいらしい。その素材(キャラ)をもっとも美味しくいただくためならば、調理法(ジャンル)は問わないという姿勢は、まるでグルメに一家言ある人のようだ。