「待った! 待ってくれ! お前、曲を作れるんだろう? おまけにそれを人に聞かせるために投稿もしている。だからお前に頼んでるんだ。頼めば『うん』と言ってくれる女子はいくらでもいるだろうけど、その子が実際に作れるかどうかなんてわからない。でも、作れないと意味ないからな」
「……誰に聞いたのよ」
長身の北大路が、私の退路を塞いだ。長い足であっという間に回り込まれたら、逃げようがない。そのことに、若干またイラッとする。
「クラスの女子が『姫ちゃんの新曲聴いた?』って言っていたのを聞いたんだ。それで、姫ちゃんは誰だろうと考えて、姫が名前につく人物を探して、姫川だとわかったんだ」
「何それ……」
確かに北大路の言うとおり、私は曲を作っている。作詞も自分でやって、その作った曲を動画サイトに投稿もしている。
ごく親しい友達にだけそのことを教えていて、その子たちには私の曲を気に入ってもらっていることも知っていた。
でも、その子たちのちょっとした会話を盗み聞きして私にまでたどりつく人間がいるなんて、思いもしなかった。
「お前、曲を作る人間なら、それを誰が歌うかにもこだわるものだろう? 自分で言うのもなんだが、俺は歌がうまい。バンドでヴォーカルをしてたくらいだからな」
「なら、そのバンドで歌い続けてたらいいじゃない」
通せんぼをすり抜けて、私はまた歩き出した。
イケメンの自分がこれだけ頼んでいるのになぜ?と北大路が不思議そうな顔をしている隙に。
不思議なことなんて何もない。
私は、誰かのために曲を作っているわけではないのだから。
マイナージャンルにハマることが多くて、その結果、私は“自給自足”の癖がついている。
萌える二次創作がなければ自分で書き、グッズがなければ自分で作った。
その流れで、自分の聴きたい曲がなかなかなかったから作曲にまで手を出した、というわけだ。
だから、誰が歌うかなんてはっきり言ってどうでもいい。“歌わせる”ことまで含めて自分でやっているのだから。
「待ってくれ! バンドは……その、音楽性の違いってやつで……」
「解散したの?」
「いや……追い出された」
「あらまあ」
なるほどね、と頷いて私はまた歩き出す。
こんな奴なら追い出したくもなるだろう。イケメンで歌が上手くても、同性とはうまくやっていけないのは納得だ。異性の私でも嫌なのだから。こいつの勝手気儘な振る舞いを許してくれるのは、顔に騙された一部の女子だけだろう。
同じクラスになって、教室内でこいつの振る舞いを見ているだけでも、十分に私は嫌いだ。
恵まれている自分は、ねだれば何でも与えられる・手に入るーーとでも思い違いをしていそうな俺様な態度は、直接関わらなくたって鼻につく。こうして対峙すればなおさら。私は、いわゆるリア充なやつが嫌いなのだ。
「私もあんたなんかいらないよ。今は便利な時代でね、私の思うままに歌ってくれる子たちがいくらでもいるから。あんたみたいに威張ったりしない、歌の上手い子たちが」
少しずつ暗くなり始めた空を見て、私は足を速めた。結構長くこいつに時間を費やしてしまっていた。本当なら、この時間は部活を終えてサナと帰っているはずだったのに。
漫画やアニメの話をしながら仲の良い友達と帰る――それが私の日常だ。
俺様イケメンと夕陽の沈む土手を歩くなんて、私の予定に組み込まれていない。
「誰なんだ? その、歌の上手い奴らって……」
打ちのめされた様子で、北大路は自転車を押しながら私に追いすがる。女子に拒絶されたことがよっぽどショックらしい。
こいつは知らないのだ。
三次元を必要としない人間がいることを。
そういった人間にとって、いくらイケメンでも三次元なんて無意味だってことを。
私には、アニメや漫画といった二次元があれば十分だ。二次元のイケメンを愛でることができれば、三次元なんてどうだっていい。だから、北大路の頼みを聞く理由はない。
「ボーカロイド――歌声合成ソフトだよ。私は生身の歌手の曲を作っているわけじゃないの。だから、あんたのための曲は作れないし、あんたはいらないの」
きょとんとした顔をする北大路を放って、今度こそ私は歩きだした。
意味がわからないならわからないでいい。
どっちにしたって、引き受けるつもりはないし、引き受けたところで私には作れないのだから。
「ま、待ってくれ!」
しばらく呆然としていた北大路だったけれど、私が帰ろうとしていたのに気がつくと、慌てて追いすがってきた。本当にしつこい。しかもメンタルが強い。こんなにはっきり断ってるのに、どうしてここまであきらめが悪いんだろう。
「あのさ、もう結構遅い時間なんだけど。暗くなる前に家に帰りたいの。これでも一応女だから、安全な時間に帰りたいんだよね」
「それなら、俺が送る。だからその道中で話を……」
「やだ。ていうか、ついてこないで。ストーカーで先生にチクるよ。……っていっても、たぶんなぜか事実がねじ曲げられて、あんたが勝手についてきてることなのに、私があんたにつきまとったことになりそうだから、もう関わらないでよね。地味キャラって生きづらいんだから」
よく考えたら、こんなところを誰かに見られたらマズい。冤罪でもなんでもでっちあげられそうだ。
地味系オタク女子がイケメンと一緒にいるのなんて、不自然極まりない。一体、そこにどんな憶測や妄想を差し挟まれるのかと思うとゾッとする。
だから、人気者とかリア充となんて関わりたくないんだ。
「せ、せめてIDを教えてくれないか。メッセージのやりとりなら、その……そんなに迷惑にならないだろ?」
「ID教えたら、もう帰っていい?」
「うん」
本当はそんなのめちゃくちゃ迷惑なんだけどと思いつつも、これで解放されるなら背に腹は変えられない。
それに、メッセージが来ても既読無視ならぬ未読無視してやればいい。無視をしていたら、そのうちあきらめるだろう。
そうこっそり思って、私はスマホを取り出して北大路とIDを交換した。下の名前は知らなかったから「ナルシスト北大路」で登録してやった。家族も含めてきちんとフルネームで登録している連絡帳に、異色の名前が加わってしまった。……まあ、私からこいつに連絡することなんてないからいいんだけど。
「災難だったな……」
私はそっと呟いて家路を急いだ。
帰ったら、漫画を読もう。アニメを見よう――そんなことを考えながら。
「……誰に聞いたのよ」
長身の北大路が、私の退路を塞いだ。長い足であっという間に回り込まれたら、逃げようがない。そのことに、若干またイラッとする。
「クラスの女子が『姫ちゃんの新曲聴いた?』って言っていたのを聞いたんだ。それで、姫ちゃんは誰だろうと考えて、姫が名前につく人物を探して、姫川だとわかったんだ」
「何それ……」
確かに北大路の言うとおり、私は曲を作っている。作詞も自分でやって、その作った曲を動画サイトに投稿もしている。
ごく親しい友達にだけそのことを教えていて、その子たちには私の曲を気に入ってもらっていることも知っていた。
でも、その子たちのちょっとした会話を盗み聞きして私にまでたどりつく人間がいるなんて、思いもしなかった。
「お前、曲を作る人間なら、それを誰が歌うかにもこだわるものだろう? 自分で言うのもなんだが、俺は歌がうまい。バンドでヴォーカルをしてたくらいだからな」
「なら、そのバンドで歌い続けてたらいいじゃない」
通せんぼをすり抜けて、私はまた歩き出した。
イケメンの自分がこれだけ頼んでいるのになぜ?と北大路が不思議そうな顔をしている隙に。
不思議なことなんて何もない。
私は、誰かのために曲を作っているわけではないのだから。
マイナージャンルにハマることが多くて、その結果、私は“自給自足”の癖がついている。
萌える二次創作がなければ自分で書き、グッズがなければ自分で作った。
その流れで、自分の聴きたい曲がなかなかなかったから作曲にまで手を出した、というわけだ。
だから、誰が歌うかなんてはっきり言ってどうでもいい。“歌わせる”ことまで含めて自分でやっているのだから。
「待ってくれ! バンドは……その、音楽性の違いってやつで……」
「解散したの?」
「いや……追い出された」
「あらまあ」
なるほどね、と頷いて私はまた歩き出す。
こんな奴なら追い出したくもなるだろう。イケメンで歌が上手くても、同性とはうまくやっていけないのは納得だ。異性の私でも嫌なのだから。こいつの勝手気儘な振る舞いを許してくれるのは、顔に騙された一部の女子だけだろう。
同じクラスになって、教室内でこいつの振る舞いを見ているだけでも、十分に私は嫌いだ。
恵まれている自分は、ねだれば何でも与えられる・手に入るーーとでも思い違いをしていそうな俺様な態度は、直接関わらなくたって鼻につく。こうして対峙すればなおさら。私は、いわゆるリア充なやつが嫌いなのだ。
「私もあんたなんかいらないよ。今は便利な時代でね、私の思うままに歌ってくれる子たちがいくらでもいるから。あんたみたいに威張ったりしない、歌の上手い子たちが」
少しずつ暗くなり始めた空を見て、私は足を速めた。結構長くこいつに時間を費やしてしまっていた。本当なら、この時間は部活を終えてサナと帰っているはずだったのに。
漫画やアニメの話をしながら仲の良い友達と帰る――それが私の日常だ。
俺様イケメンと夕陽の沈む土手を歩くなんて、私の予定に組み込まれていない。
「誰なんだ? その、歌の上手い奴らって……」
打ちのめされた様子で、北大路は自転車を押しながら私に追いすがる。女子に拒絶されたことがよっぽどショックらしい。
こいつは知らないのだ。
三次元を必要としない人間がいることを。
そういった人間にとって、いくらイケメンでも三次元なんて無意味だってことを。
私には、アニメや漫画といった二次元があれば十分だ。二次元のイケメンを愛でることができれば、三次元なんてどうだっていい。だから、北大路の頼みを聞く理由はない。
「ボーカロイド――歌声合成ソフトだよ。私は生身の歌手の曲を作っているわけじゃないの。だから、あんたのための曲は作れないし、あんたはいらないの」
きょとんとした顔をする北大路を放って、今度こそ私は歩きだした。
意味がわからないならわからないでいい。
どっちにしたって、引き受けるつもりはないし、引き受けたところで私には作れないのだから。
「ま、待ってくれ!」
しばらく呆然としていた北大路だったけれど、私が帰ろうとしていたのに気がつくと、慌てて追いすがってきた。本当にしつこい。しかもメンタルが強い。こんなにはっきり断ってるのに、どうしてここまであきらめが悪いんだろう。
「あのさ、もう結構遅い時間なんだけど。暗くなる前に家に帰りたいの。これでも一応女だから、安全な時間に帰りたいんだよね」
「それなら、俺が送る。だからその道中で話を……」
「やだ。ていうか、ついてこないで。ストーカーで先生にチクるよ。……っていっても、たぶんなぜか事実がねじ曲げられて、あんたが勝手についてきてることなのに、私があんたにつきまとったことになりそうだから、もう関わらないでよね。地味キャラって生きづらいんだから」
よく考えたら、こんなところを誰かに見られたらマズい。冤罪でもなんでもでっちあげられそうだ。
地味系オタク女子がイケメンと一緒にいるのなんて、不自然極まりない。一体、そこにどんな憶測や妄想を差し挟まれるのかと思うとゾッとする。
だから、人気者とかリア充となんて関わりたくないんだ。
「せ、せめてIDを教えてくれないか。メッセージのやりとりなら、その……そんなに迷惑にならないだろ?」
「ID教えたら、もう帰っていい?」
「うん」
本当はそんなのめちゃくちゃ迷惑なんだけどと思いつつも、これで解放されるなら背に腹は変えられない。
それに、メッセージが来ても既読無視ならぬ未読無視してやればいい。無視をしていたら、そのうちあきらめるだろう。
そうこっそり思って、私はスマホを取り出して北大路とIDを交換した。下の名前は知らなかったから「ナルシスト北大路」で登録してやった。家族も含めてきちんとフルネームで登録している連絡帳に、異色の名前が加わってしまった。……まあ、私からこいつに連絡することなんてないからいいんだけど。
「災難だったな……」
私はそっと呟いて家路を急いだ。
帰ったら、漫画を読もう。アニメを見よう――そんなことを考えながら。