「いらっしゃいませ…」
また来た。
あの男。
"あの男"というのは、どう見ても大学生くらいの。少年のような雰囲気の抜けない、あどけない笑顔でお店に近付く。
白のTシャツに焦げ茶のジャケットを羽織り、デニムパンツで革のカジュアルシューズ。
一応小ましな服装ではあるけれど、所詮は子供。
「また来ちゃった、佐那ちゃん」
「商品整理してきますね」
なぜか気を利かせてレジを離れる店員の狭山円香(サヤマ マドカ)。
「かわいい彼氏ですね」
初めて来たときも、からかわれた。
彼女はこの店の担当でメーカー勤務のイケメン営業マンと、去年結婚したての正社員。2歳年下だった。
「いいから。いて」
そう言ってもそそくさと逃げるように離れる。
彼女は私の彼氏の存在を知らない。なぜなら内緒で付き合っている上司。副社長だから。
内緒というか、きっかけもなく、言う必要もないかと思っていた。