両想い切符〜ふた駅先の片想い〜




俺はずっと、幼なじみの梨捺が好きだった



男を惹きつけるやり方を知ってる梨捺。


どこをとっても魅力的で魅惑的。


ちっちゃい頃から周りとは全然違う彼女に憧れて、そんな気持ちは簡単に恋愛感情になった。



でも、コロコロと相手を変えるコイツ。



でも、絶対に俺には寄ってこない。


それは、大事にしてくれてんだって分かってたけど、そんな優しさなんて要らなかった。



甘えたい時は俺に甘えろよ。


そんな何処の馬の骨か分かんねぇ男じゃなくってさ。



梨捺になら、なんだってやってやれる。



そう思ってたどうしょうもない俺だった。



そんな時だ。


てんぼちゃんに出会ったのは。






ただあわててるだけじゃなくて、



人見知りなのかかなり恥ずかしがってる彼女



そんなピュアな彼女は梨捺とは正反対で…



ずっと梨捺だけを見てきた俺にとって、とても新鮮で、興味深い。



それが最初の感情。



でも、それからどんどん彼女を知って、知れば知るほど惹かれた。



あれほど純粋でピュアで、優しい。



いい子って言葉がピッタリで…。


俺は、そんな彼女の素直さにどんどんハマった。



その想いに気がついたのは、大会に負けた次の日。







それまでは、よく分からない気持ちが続いてた。



てんぼちゃんには好きな人がいるって言うのに、


大会前日には思わず彼女を電車から引き下ろして、最後には抱きしめた。



俺は梨捺が好きなはずなのに…。


なんで?


そう思いながら大会を迎えた。


大会に持って行った、名前も知らない誰かからもらったお守り。



だけど俺はなんとなく、そのお守りを見て、てんぼちゃんを思い出した。



惜しくも負けてしまったけど、そのお守りを作ってくれた子に恥じない試合はできたと思う




てんぼちゃんじゃないかもしれないけれど、俺は無性にてんぼちゃんに会いたくなった。


声が聞きたくなった。


梨捺じゃなくて。てんぼちゃんに。






大会の次の日。


俺はもう1度てんぼちゃんに会いたくて、終電一本前のいつもの電車に乗るつもりだった。



でも、梨捺から泣きながら電話がかかってきたから急いでいつもの一つ前の電車に乗った



おととい、てんぼちゃんを抱きしめた公園で梨捺と話した



「私、本気で好きだったのに。
浮気相手だったみたい…」



そう言いながら俺に泣きついた梨捺。



誰よりもわかってた。梨捺が今回だけは本気だったこと。



一緒に泣きたいぐらい俺も傷ついた。



「どうすんの…梨捺…。」



「でもね、私。本気で好きだから言っちゃった。

それでもいいよって。
それでも一緒にいたいって言っちゃった…


人のものは絶対にとらないって思ってたのに、本気になった人がこんな結果なんて…」



そう言って俺の胸に頭を預ける梨捺。


ほんと数週間前までは、こうしたくてたまらなかった。



俺の腕の中に閉じ込めて出したくないとまで思ったのに。



俺の頭はおとといのてんぼちゃんのことが先に勝って、梨捺と重ねていた。


てんぼちゃんを抱きしめたときは、もっとあたたかい気持ちだったな。


そう思って、俺はやっと、自分の気持ちに気がついた。








「吉岡先輩は結局どうなんすか。

先輩が曖昧な対応とってると傷つくのは未緒ですよ。」




「ごめん…

絶対ケリをつけるから。自分の気持ちにちやんと終止符を打つために今から行く。

だから行かせてくれないか?」




「そんなの。先輩の気持ちばっかじゃないすか


ここで未緒を易々と手放すような先輩に俺はアイツをとられたくないです」




香川はそう言って、てんぼちゃんのいる方向に走っていった




俺の左手にある両想い切符。



俺はてんぼちゃんとの未来を今、手放したのかもしれない。



でも、ここで自分の気持ちにケリをつけないままてんぼちゃんに告白なんて出来ないし…



今はとにかく、梨捺と本当の意味での幼なじみに戻る時だ。



走り出す俺の後ろで花火が切なく上がった




ホテルに着いて、急いで梨捺のいる部屋まで走った



部屋のチャイムを押すと、梨捺が出てきた



「遥人……」



「どうしたんだよ」



「振られちゃった…。
もうすぐ結婚する本命の彼女さんの所、行っちゃった…。


結婚して身を固める前の火遊びだったみたいね…


私…そんな人に本気になっちゃった…。」




梨捺はそう言って俺の胸に頭を埋めて泣いた。



浮気の辛さなんて俺には全て理解できるわけじゃないし、抱えきれない。



でも、コイツはあの日からきっと傷ついて、自分を責めてきたんだよな…。



「今日だって…会場には行けないから。

だから…花火が綺麗に見えるこの部屋を予約して…。

でも彼は最初から今日で終わりにするつもりだったのよ…。」




泣いている梨捺の向こうには窓から綺麗に花火が見えていた






梨捺は色んなものと戦ってたんだよな。



人に気を遣うより遣われる側だと思うやつが多いけど、梨捺は気を遣われながらも自分だって気を遣ってる。



本当は心優しくて、誰よりも人を傷つけることが嫌いだ。



自分の欲しいものには妥協しないけど、いつも人のものなら我慢してた。



そんな梨捺が人のものでも欲しかったのが今回の彼氏。



そう思うと、梨捺をこんなにも傷つけた彼氏を俺は許せなかった。




少しして梨捺がこれの首に腕を回して頭をあげた



「ねぇ……遥人。


…キスして?しようよ。」



そう言って目を潤した梨捺の右手は俺の頬を撫でる



長年好きだった梨捺がそう言っている。


こんな日をいつも待ち望んでいた。



「遥人…


私のこと、好きでいてくれてありがと。

私、気づいてたよ…遥人の気持ち。


でも、遥人のことだけは傷つけられなくて…



だけどもう今ならわかる。
私のこと、いちばん理解してくれて、想ってくれるのは遥人だよ…


ねぇ。幼なじみって関係、一緒にこえよ??」










俺の左頬を撫でていた梨捺の手が耳を伝って首筋に戻った



そして、梨捺はスッと目を閉じた


ずっと欲しかった。梨捺が…。



そんな梨捺がこうして俺の腕の中にいる。


俺の元に来てくれるって…。俺のことを誘ってる。



俺は自分の中の欲望に負けて目を閉じた



梨捺との距離、あと数ミリ…



『先輩!!!』



俺の頭に浮かんだのは、てんぼちゃんの笑顔だった



「梨捺……ごめん。」



俺がそう言うと梨捺は目を開けてさらに目を潤ませた


「遥人まで私のこと…」


「違うよ梨捺。お前は今、寂しいだけだ。


その寂しさを乗り越えて強くなれ。
それからまた本気で一緒にいたいやつを見つけてくれ。



俺はもう、大切な子を見つけたから。

梨捺にも絶対に現れる。梨捺のこと一番に大切に思ってくれるやつが。



だから。梨捺…。強くなれ。」







俺がそう言うと梨捺の目から溢れんばかりに涙が流れた



「俺はいつでも梨捺の味方の幼なじみだろ?」



「遥人……


本当にありがとう…」




そう言って梨捺は泣き続けた



俺の頭の中にはもう、てんぼちゃんがいる。



梨捺のそばに静かにいながらも、俺は香川とてんぼちゃんの行く末を考えずにはいられなかった




香川はもう告白しただろうし、てんぼちゃんともう付き合ったかもしれない。



俺はこれからどうしよう。



花火が終わってしまった夜空が切なげに梨捺と俺をホテルの一室の窓から覗いていた。