【完】DROP(ドロップ)




「おい、コラ待てっ……って、え?」



追いかけようとした圭矢君の学ランの裾を掴んだ、あたし。

驚いた圭矢君が振り返った。



「ありがとー……」



助けてくれて。

ありがとう。

気付いてくれて。

ありがとう。



漫画みたいな設定に、涙が出そうになった。



照れくさそうに、頭をかきながら、



「……逃がしてよかったの?」



なんて、聞く圭矢君に頷いてみせる。



「雫がいいなら、いいけど。って、もっと早く言わなきゃ駄目でしょ?」



って少し怒った圭矢君を嬉しいって思ってしまった。


だって、言ったら助けてくれたって事だよね?


それが嬉しくて嬉しくて、笑ってしまったあたしは、コツンって、頭を叩かれた。










「え?」



叩かれた頭を手で押さえながら見上げると、



「何笑ってんの。痴漢されたかったの?」

「へ?」



そんなわけないじゃん。



ムッとした顔をする圭矢君がおかしくて、また笑いそうになったけど怒られたくないから我慢した。



「違うよ、圭矢君が助けてくれたのが嬉しかったからだよ?」

「え? ……あぁ」



なんて、納得しながらも少し恥ずかしそうにする。


えへへ。


痴漢は、すっごく嫌だったけど。

圭矢君に助けてもらえたから……よかった。







「って、あぁ~!!!」



圭矢君の後に見えた景色に気付いて大声をあげた、あたし。

その声に、圭矢君だけじゃなく周りの人も驚いてあたしを見つめた。



ちょっと恥ずかしくなったあたしは小声で、



「圭矢君、さっきの駅で降りなきゃ駄目じゃない」



そう言ったのに。



「……その大声をさっきの痴漢の時に言えば良かったのに」



なんて、あたしを見下ろして笑う。



その笑った顔に、笑顔に!!!



あたしの胸は、キューンって痛くなった。



次の駅で降りた圭矢君は、



「痴漢には気をつけてね。また明日ね」



って。



また明日ねって。



それって、明日も会えるって事だよね。

明日も一緒に電車に乗ってくれるって事でいいんだよね?



あたしのキューンって痛くなった胸が、今度はドキドキと大きな音を立てて暴れた。







「おっはよー」



朝、いつもの様に教室へと入ったあたしは、雑誌を読む菜摘の肩を叩いた。


あの痴漢事件以来、ずっと圭矢君に会えてて毎朝気分は絶好調♪


そんな、あたしの方へと振り返った菜摘は、



「ちょっと、雫。この男の子かっこよくない?」



雑誌に載っている一人の男の子を指差した。



「んー? あ、かっこいいね」



圭矢君には負けるけど。

付け足したかった言葉は言わないけどね。


雑誌に載るだけあって顔はいい。



「何? 菜摘のタイプなのー?」



キラキラ輝く目で見る菜摘に言うと、



「うんっ! 陸って去年の人気投票で1位になったんだよ」



と、また雑誌を両手で持ち眺め出した。


陸とは、菜摘が指差したモデルの男の子の事らしい。






「ふーん。で、人気投票って何?」

「ほら、これ」



聞き返したあたしに、雑誌の見開きに大きく載る場所を指差した。



“あなたの周りのイケメンをモデルにしよう☆”



そう書いてあるページには、応募した男の子達の写真の横に番号が書いてある。


“カッコイイ男の子の番号を書いて送ってね”


そう書かれた雑誌を見て、ある程度は納得。



「ふーん、これで票を集めればモデルになるわけ?」

「まぁ、簡単に言えばそうだよ」



じゃあ、難しく言えば……何なんだろう?



「でねでね、陸は去年のトップだったんだよ!」



聞きたかったあたしは喋らせて貰えず、菜摘の陸話が続く。



「私、その頃から応援してるんだー、ただちょっと女癖悪いっていうのを知ってショックなんだけどねー」

「へぇ~」


興味なしのあたしに菜摘が、不服そうに見つめる。







だって。



芸能人とかって、雲の上の存在?



そんな感じがして、イマイチよくわかんないんだもん。


そりゃ、かっこいいなーとは思うけど、役柄が変われば好きにもなるし、嫌いにもなる。

バラエティに出て、面白ければ好きにもなる。

だけど、そこまで熱狂的にファンって人はいない。

歌手だって、売れていれば聞くし。

売れていなくても好きな曲はある。



そんな感じ。



「もーう。雫もいないの、好きな人!」



少し考えて、浮かんだのは……



「はい、圭矢君は却下ね」



言う前に、先に言われてしまった。



「え、いや。そんな圭矢君だなんて……」

「あー! そうだ」



バレていた事に恥ずかしくなったあたしが話しているのに、それを無視して大きな声を出す菜摘。


もう、何なのよ。

あたしの話を聞いてよねー。







「圭矢君だよ!」



とびきりの笑顔であたしに言った菜摘に“?”がいっぱいのあたし。



「これ!」



さっきから何度も指差す雑誌の1ページ。



“あなたの周りのイケメンをモデルにしよう☆”



「はぁ!?」

「これに、圭矢君の写真を送るんだよ!」



はい~!?


突然、何を思いついたかと思えば……。



「勝手にそんな事、出来るわけないでしょ? それに圭矢君ってそんなイメージじゃ……」

「みて! 自薦他薦は問いませんって書いてるでしょ!」



応募資格のところには、菜摘の言う通り

“自薦他薦は問いません”

と書かれていた。



だけどねぇ。

さすがに勝手は駄目でしょ。


それに、圭矢君はモデルってイメージじゃないし。


かっこいいし、こんなのに応募すれば絶対1位になれるとは、思うけどね?






それに、



「写真だってないじゃない」

「撮ればいいんだよ!」



なんて簡単に言う菜摘。



隠し撮り?
それもよくないんじゃない。



「でも……」

「取り合えずは、やってみよーよ!」



あまり乗り気じゃないあたしだけど、菜摘は一度言い出したら一人でもするタイプ。


暴走するんじゃないかって、ちょっと心配なあたしは付き合うことにしたんだ。








「圭矢君、写真撮らせてー!」



対策は考えてある、そう言っていた菜摘だったけどイキナリの直球攻撃。


その一言に、隣にいたあたしの顔は引き攣る。



「……何で?」



そりゃそうだ。


圭矢君が聞き返しながら、菜摘とあたしの目を見た。

苦笑いのあたし。



「写真が欲しいからっ」



って、そのまんま。



「……はぁ」



聞こえるか聞こえないかの溜息を零した圭矢君が、あたしを冷たい目で見下ろした。