そんな、あたしの思いは簡単に壊されて。
圭矢だからなの?
あたしは、圭矢の前だと上手くなる嘘も、上手くなる作り笑顔。
だけど、いくら頑張っても。
見た目は騙せても。
圭矢の腕の中では、そんなものは簡単に剥がされてしまうんだ。
「嘘だよ」
そう言って、そっぽを向いたあたしを後から強く抱きしめた。
「ちょっと意地悪したくなった」
頬を擽る圭矢の柔らかい髪がくすぐったい。
「本気で心配した」
苦しそうな声が愛しい。
何で、圭矢はあたしの中をいっぱいにするの?
いっぱい、いっぱい、いっぱい好きなのに。
会うと、抱きしめられると、もっといっぱい好きになる。
あたしの中の好きはいつも満タンなのに、それが溢れて溢れて。
この想いを何て言えばいいのかな?
あたしの彼氏は、こんなにかっこよくて。
しかも人気のある芸能人。
そんな人が、今あたしの目の前に居る。
たまに見せる切なそうな顔とか。
苦しそうな声とか。
愛しい笑顔とか。
意地悪なところに、凄く優しい腕。
全部があたしの為にだけあって。
演技じゃない本当の姿。
これは、全てあたしだけのものなんだよね?
これからも……ずっと。
そう信じていいんだよね、圭矢。
抱きしめていた腕が緩まる。
あたしは、圭矢の方へと体を向けた。
恥ずかしそうに、チラッとあたしを見つめると
「そんな見ないでくんない?」
なんて可愛く言うのは反則だと思う。
“可愛い”は女の子の特権なのに。
「圭矢……好き、だよ」
「……うん」
だから反則だってば。
頬を赤らめた圭矢が可愛い。
「雫ー……」
今度は、あたしが呼ばれた声に
『うん』
って返事する予定だったのに。
その声は、圭矢の唇によって奪われた。
薄くて、でも柔らかくて。
あたしより、少し冷たくて。
少し開いた隙間から絡む舌は、唇の冷たさが嘘みたいに熱い。
激しく求める圭矢に、あたしの力では追いつかない。
それでも、髪に絡んだ指が。
頬を擽る指が。
激しくも優しいキスが。
あたしの中のいっぱいを更に満たして。
全てが圭矢の色に染まるんだ。
離れた唇。
絡める視線。
圭矢は、さっきまでの“可愛い”じゃなく。
“かっこいい”圭矢になってしまっていた。
ねぇ、圭矢。
この気持ちを人は
――愛してる
そう言うのかな?
「何だコレ」
渡された週刊誌をみて自然と呟いた一言。
そこには俺のマンションに入る
――杉下奈央
マンションから出て来る
――俺
――KEIのマンションに通う杉下奈央
通ってないから。
――仲良く歩く姿を見たとの目撃情報も!?
歩いてないし。
「すまん! 圭矢っ」
椅子に座る俺の前で楽屋の床にひざまずき、拝む様に両手を合わせて謝るのは、同じグループの陸だ。
「多分、その歩いてた相手。俺だわ」
あぁ、なるほどね。
陸と俺は背格好が似てる。
深くキャップを被れば遠くからなら、わからないはず。
実際、ファンの子にも間違われた事があるくらいだしね。
陸は、杉下奈央と付き合っている。
女関係の酷かった陸は、女の子を全部切ってまで、猛アタックしてたし。
相当、好きみたい。
だけど、人気女優とアイドルグループの熱愛報道なんて事務所が許すわけもない。
それは、陸もわかってたみたいだけど。
それより、奈央と陸の事がバレて奈央が、女関係の酷い陸に遊ばれている、そう言われるのを1番に嫌がっていた。
だから、俺のマンションに部屋を借り、そこでデートしてたんだ。
もし陸が書かれても、俺のところに遊びに行った。で済むし、奈央も俺と同じマンションだ。で済む。
だけど予想外だったのが、陸と奈央が出歩いた事。
「外を一緒に歩くなんて……」
「まじ、ごめん! ティッシュがなくてさ」
「……ティッシュ」
「そうだよ、ティッシュがないと大変だろ? でも夜遅いから奈央ちゃん1人にさすわけには、いかないし。俺が1人で行こうと思ったのよ? だけど奈央ちゃんが欲しい物あったらしくてー」
「ティッシュ何に使う為に?」
低い声で尋ねたら、ニヤッと嫌らしい笑みを陸は零した。
「えー、圭矢くぅん。トイレの為だよ? 他に何があ・る・の?」
俺をツンツンと突きながら笑う。
カッとなった俺は、
「べっ、別にっ! てか、ティッシュ位、俺んところに取りに来てよ」
と必死に冷静になる。
一瞬でも、考えてしまった陸と奈央の……。
だー。
俺、欲求不満な奴みたいじゃない。
「夜中だったし迷惑かなー? って思ってさ」
「こっちの方が迷惑」
ポンッと机に週刊誌を投げて小さく溜息をついた。
雫、気にしてないかな。
まさか信じたりしないよね。
電話してみようかな。
そう思って開いた携帯の電源を入れると、画面にはデジタル時計が表示されていた。
あ。
雫、バイトの時間だ。
着信を残せば、雫は電話に出れなかった事を凄く謝る。
――パチン
後でかけ直そう。
そう思って携帯の再び電源を切り、2つに閉じた。
だけど、次の日もその次の日も、俺が開いている時間は雫のバイト中で。
中々、話す事が出来なかった。
それに、雫から来るメールには、奈央の事なんて全く書いてなかったんだ。
だから、俺は安心してたのかもしれない。
雫は信じてくれている。
俺の事を好きでいてくれるってね。
やっと出来た少しの時間。
皆が水を飲んで休憩する中、俺は楽屋へと走り携帯を開いた。
電源を入れて、時間を見て考える。
バイトが終わってるか、終わってないか微妙な時間帯。
だけど、俺だって雫の声が聞きたい。
メールだって、本当は返したいのに。
仕事が終わってホテルの部屋へ戻る頃には、記憶が曖昧で。
ベットに倒れこんだら、次気付いた時は朝。
何件も雫へ送ろうとしたメールが未送信のまま送信BOXに残っている。
――プルルルルル……
耳にあてた携帯から聞こえる呼び出し音。
出てくれたらいいな。は、出て欲しいな。になって。
――プルルルルル……
出てくれないかな?
――プルルルルル……
出てよ。
最後は自分勝手な思いへと変わってしまった。
《もっ、もしもし?》
向こうから聞こえた声が素直に嬉しかった。
「あ、雫?」
《……う、うんっ》
だけど、そんな気持ちは一瞬で消えてしまって。
電話の声だけで、雫がいつもと違うのがわかってしまう。
「……何かあった?」
《ううんっ》
素直に言ってって俺、言ったよね?
何で隠そうとするの?
「……嘘。何かあったでしょ?」
《ない、よ》
途切れる声は、電波のせい?
それとも……。
あ、もしかして奈央の事かな。
それで、そんな声なの?
それなら……。
「あー、テレビのは嘘だからね?」
《うんっ》
急に明るくなった声にホッとしたんだ。
「雫?」
《ん?》
でもね。
俺は勝手だし、独占よくも強いみたいだから。
「不安にならなかった?」
そんな言葉を投げ掛けてみるんだ。
『不安になったよ』
そう言って欲しかったんだ。
だけど、雫から返って来た言葉は、
《あたしは圭矢を信じてるもんっ》
“信じてる”
そう言葉の方が嬉しいはずなのに。
どうしてかな、何だか切ないよ。
「今、何してたの? 外だよね」
話を変えてみた。
信じてくれている雫に、これ以上説明する必要はないよね。
もっと聞かれると思ってたから、ちゃんと言うつもりだったんだけどな。
でもさ。
信じてる、なら。
どうして、そんな声をしてたの?