【完】DROP(ドロップ)




でも、本当に雫が見てくれているのは俺、なの?



それとも芸能人の俺、なの?



時々、わからなくなる。



いつから。

いつから『好き』って聞いてないんだろう。



ねぇ、携帯をお揃いにしたのは何でかわかってるのかな。

料金を気にせず、電話して欲しいからだよ。

出れない時の方が多いかもしれない。

だけど、雫からの着信があっただけで嬉しくて頑張れるからなのに。

全然、電話してくれないよね。

お揃いの携帯にしても、雫からの着信なんてほとんどないよね。



家だって。

雫の家の近くにしてるは、わざとだよ?

少しでも早く会いたくて。

少しでも一緒に居たいから。

それなのに、もっと便利なところに引っ越さないの?

なんて簡単に聞かないでよ。

言わないでよ。



そんな事を言われると



“芸能人の俺”



としてしか見られてないのかな。

そう思ってしまう。






《圭矢ー、CD買ったよ♪》

「え……買ったの?」

《うん! 予約して買っちゃった》



久しぶりに連絡したら、1番に言われた言葉。



素直に嬉しいよ。


だけど……どうして

『会いたい』

そんな言葉じゃないんだろうって思ってしまう俺がいる。



《あ、圭矢。コンサートとかしないの?》



そんな楽しそうな声で聞かないでよ。



「したとしても……雫は来ちゃ駄目だからね」

《え……どうして?》



急に哀しそうな声にならないで。



「どうしても、だよ。絶対、駄目だから」

《……うん、わかった》



駄目って言ったのは俺だけど。


でも、どうして

『行きたい』

そう言ってくれないの?



俺は我儘だ。



そんな矛盾した事ばっかり思って。



それを口に出せないでいる俺は、なんて女々しいんだろう。








例えば。

例えばだよ。



俺があのまま普通に大学に通っているだけの男だったら。

雫と俺は今一緒にいるのかな?



“芸能人”



だから、別れないで離れないでいてくれるの?

女の子はもっと我儘言うものじゃないのかな。

束縛したがるよね?

俺が今まで見てきた女の子達は、そうだったし。



雫が特別なの?



初めの頃はウザイくらいに着信だってあった。

メールだってあった。

『会えないの?』なんて簡単に言ってきた。



それなのに、今は。



誰か……いるの?

他に誰か……雫のそばに。



困った時や哀しい時にすぐかけつけてくれる、誰かがいるんじゃないよね?






家で、テレビをつけた途端、目に飛び込んで来たCM。



新発売されて、雑誌や店頭でよく

“予約受付中”

っていうのを見た。


そのCMに出演している、圭矢。


絡むかのように、圭矢の胸元を探る手はネイルが綺麗に施されていて艶やかで。

人気女優とCMに出ても圭矢の方に目がいってしまう。

これはお世辞とか圭矢贔屓とかじゃなく、皆そうなんじゃないかなって思う。

魅力的で魅惑的で、そして存在感がある。



あたしの嫉妬は全てハートのクッションへと投げかけられ、可愛いハートは歪な形へと変えた。



モヤモヤする気持ちを抑えようとすればするほど、さっきの女優の挑戦的な目を思い出す。

CMだから、そんなコンセプトなんだから当たり前なんだけど。

その目は、あたしに向けられてるかのようで……。

週刊誌に誰と付き合っていた、誰とデートしていたって、叩かれてばっかりの女優なんて。

ちょっと細くて、綺麗で……大人っぽいだけじゃない。



そう思いながら、鏡を見て哀しくなった。






ちょっとじゃない。

うーんとだよね。



圭矢の周りにいる人達は、凄く綺麗で輝いている。



あたしは、普通の高校生で、ただ芸能人になる前の圭矢と先に出会っていただけの話。
それだけなんだ。

誰かに持って行かれちゃうんじゃないかって不安で。

そんな不安を誰にも明かせなくて。



何で私なんかを受け入れてくれたんだろう……。



最近じゃ、卑屈になる事が多い。



ねぇ、圭矢 話したい。

ねぇ、圭矢 もっと近くに感じたい。

ねぇ、圭矢 会いたい……よ。






そんな時、机の上で大きな音をたてて鳴り響いた携帯電話。


圭矢とお揃いの可愛いピンク。


部屋中に聞こえる着うたは、圭矢の、DROPの最新曲だった。



圭矢からだ!

高鳴る胸を押さえつつ、通話ボタンを押した。



「けっ圭矢!?」

《……声デカ》



裏返った上に、思ったよりも大きな声が出た。

それに呆れるような声が返って来る。



「あっ、ごめん。どっどうしたの?」



声のトーンを落として、正座をした。



『明日の昼まで時間出来たから、家いる』

それだけ伝えると切れてしまった。

『じゃあ行っていい?』

なんて聞かせてもくれない。



機械音を聞くのはいつもあたし。







でも馬鹿なあたしは、原付の鍵を取り、携帯を持つ。

玄関の鏡の前で、圭矢のCMのグロスを唇につけた。



圭矢から貰った“プレゼント”

『貰ったからやる』

って貰った“プレゼント”



例え圭矢が買ってくれたんじゃなくても。

例え圭矢が選んだんじゃなくても。



貰ったグロスをあたしにくれたのが……嬉しかったんだ。

たったそれだけの事が嬉しいなんて馬鹿みたいでしょ?




こうやって貰ったグロスをくれるのも。

こうやって時間が出来るとくれる電話も。

こうやって家の事をさしてくれるのも。




全部、あたしだけなんだって。

あたしは、特別なんだって。

それがね? すごく安心出来る時なんだよ?

圭矢の彼女なんだって思える時なの。







新しく引っ越したマンションは、セキュリティー番号を入力して中へ入るタイプのもの。



だけど、その番号が変わってないかっていつも不安になってしまう。


今回は、もしかしたら変えてるかもしれない。

新しい番号を教えてくれないのかも知れない。

そんな小さな事ですら不安になってしまうんだ。



部屋の前でチャイムを鳴らし、髪を整えて待つと、少し眠そうな圭矢が出て来た。



「早……」

「えっ? そっそう?」



確かにかなり飛ばした原付。


それは……


少しでも早く会いたくて。

少しでも長く一緒に居たくて。



いつも会って1番初めに言われる言葉は『早い』なんだよね。



中へ入り、歩きながら……拾って行く脱がれたままの服達。



「圭矢ー、せめて一箇所で服脱ぎなよー」



家に入り、歩きながら服を脱ぐのは圭矢の癖。


こんな事を言いながらも当たり前かのように拾っちゃうあたしは、多分自分で自分に酔ってる(笑)



“やっぱり私が居なきゃ駄目なんだから”ってね。








「雫が拾ってくれるでしょ?」



なーんて振り返りながら悪戯な笑顔を向けられて……うん!


って思ってるあたしって。



頬をピンクに染めたあたしを見て、目を細めて笑う。


こんな笑顔を生で、しかもあたしだけに見せてくれるだなんて!

あたしって、すっごく幸せ!



そんな笑顔の余韻に浸る私の耳に届く、気持ちの良い寝息。



あ……余韻に浸ってる間に寝ちゃてるよ。

この気持ちの良い寝息の時は、絶対起きない。



フッと自然に零れた笑みを両手で隠しながら、さっき拾った洗濯物を洗濯機へと入れた。



静かに音を立てないように片付けて、気付けばあれから3時間。



いつも、こんな感じで時間は流れてしまい、圭矢が仕事へ行く時間になってしまう。

だから未だ、何の発展もないあたし達。