違う。違う。
目の前にいるのはあの人じゃない。
分かっているのに、頭では分かっているのに、心がざわめくのを止められない。
固く閉ざしたはずの記憶の箱に、細かくひびが入るのを、私は混乱する頭の片隅で感じていた。
不自然に固まった私をどう思ったのかは分からないけれど、
彼はなおも言葉を紡いだ。
んとさ、もう知ってっかもしれないけど、サクラ生は斉藤、さんが欲しいんだ。
誰もが羨む容姿だし、斉藤さんを手に入れたら確実にトップになれるから。
だから、これから教師の目が届きにくくなる夏休みになると、斉藤さんを是が非でも手に入れようと躍起になる奴が出てくる。
…あんま前例がないけど、暴力沙汰になったりさ?
でも、俺が彼氏だってことになれば、そういう奴らは皆俺を狙うようになる。
この場合、本当の恋人じゃなくて、そういうフリをするだけでいいんだ。
俺が3年になるまで続けば、俺がトップになれるし…
だから、要するに、俺が言いたいのはさ…
恋人ごっこをしないか?