「あのさ、なんか話せよ。自分の事とか、一億円の事とか」
「あっ、あの、私、その」

 すでに燃え尽きてしまったのか、会話が弾まない。

 派手にやっておきながら、急に尻すぼみになっているノゾミは、路頭に迷った子猫のように戸惑っていた。

 戸惑うのは俺の方だっていうのに。

「それじゃ、趣味はなんだ?」
「えっと、お、お菓子、つ、作りです」

「お菓子作りって、何が作れるんだよ」
「クッキーとか、ケーキです」

「曖昧だな。それってあまり作ったことなくて適当に言ってるんだろ」
「いえ、そんな事ないです。小さい頃から作ってました。その、あの、将来はパティシエになりたく…て…」

 ノゾミは急に黙り込んでしまった。

「どうした。自信なさそうだな」
「いえ、そうですね。やっぱり諦めた方がいいかな」

「おい、俺に全力で告白してきた奴のいうセリフか。一生懸命に、後悔のないようにするんじゃなかったのか」
「あっ、はい、そ、そうでした」

「だったら、俺になんか作ってこいよ。それで美味しいかどうか俺が判断してやるよ」
「えっ、いいんですか? はい、作ってきます!」

 また急にスイッチが入って喜んでいる。
 目を輝かせて俺を見上げ、希望に燃えているではないか。

 生き生きとしているその表情は、名前のごとく、望みが叶ったとてもいいたげだった。

「だけど俺、あまり甘すぎるのは嫌いだからな。それと、結構味にはうるさいから、お世辞なんか言わないぞ。覚悟して持って来いよ」
「えっ、あ、はい。わかりました」

 急に怯えだした。

 俺もちょっと意地悪だったかもしれない。

 どこかで、こいつの前だと、俺に惚れてるのを利用して、俺様を演出している自分が見えてくる。

 こいつはきっと、俺が何を言おうが、どう振る舞おうが、俺の言いなりになるのかもしれない。

 自由に操れる女。
 まるでおもちゃのように、俺はノゾミを見下ろした。

 三ヶ月という期限付きではあるが、いちおう俺の彼女になってしまった。

 今日という日から、計算すればその頃はちょうど7月の中旬を過ぎたあたりとなる。

 夏休みが始まる前くらいで終わるのか?

 こいつは一学期が終わったらどこかに行くのだろうか。

 まさかパリにお菓子留学か?

 真面目に緊張して歩いている様子から、一体何を考えているのか、俺には全く分からなかった。
 俺が付き合うと承諾した以上、今更撤回も男らしくなくてかっこ悪い。

 ならば、こいつの望む通りに俺も演じてやろう。
 なにせ一億円なのだから。

 だがその時がくれば、こいつは本当に一億円を俺に払うのだろうか。

 そんなの無理に決まってるのに、なぜ故にそんなことを言い出したのか、その理由を俺は突き止めたくなった。