「俺にもくれ」

 横から江藤が奪うと、ピラニアが寄ってきたように他の者も手を伸ばし、そのタルトはあっという間に姿が消えた。

「お前らいい加減にしろよ。俺、一口しか食ってないじゃないか」
「いいじゃん、また作ってきてもらえば、その時は俺の分も持ってきて」

 江藤は厚かましくノゾミに頼んでいる。

「ところで、この子誰? 見かけた事ないけど、天見の新しいファンの子?」
「こいつは俺の彼女だ。叶谷希望という名だ」

 約束通りに俺は、ノゾミを彼女として扱い、皆の前で紹介した。

「この子が、天見の彼女?」

 江藤が意外だという目を向けてじろじろと見ているところを見ると、やはりぱっとしない雰囲気があったのだろう。

 ノゾミは体を突っ張らして一生懸命耐えるように、その場に突っ立っていた。
 本当は逃げたいのを我慢している様子だった。

「まあ、とにかくそういうことだ。俺たち付き合ってるから」

 沢山の視線を浴びたまま、辺りはしんと静けさが漂っていた。

 ノゾミも落ち着かず、意外だと言わんばかりの微妙な静寂さに俺まで居心地悪くなったから、俺は立ち上がり、ノゾミの肩に手をまわして、教室を出て行った。

 ノゾミはまた真っ赤になってぎこちなく歩いていた。

 人目を避けて、廊下の端、階段の踊り場へ来ればノゾミは手で鼻を覆い、あたふたしていた。

「どうした?」
「は、鼻血が……」

 恥ずかしそうに慌てて、制服のポケットから取り出したティッシュで鼻を押さえていた。

 あまりにも熟し過ぎて真っ赤になって、そこに俺が彼女の肩に触れたから、興奮しすぎたのだろうか。

 ノゾミは鼻血を出すほど、あまりにも繊細な女の子だった。