また、母は俺を一人で育てると決意を固めたときに、その浮気相手が流産してしまい、姑は掌を返したように母にすり寄ってきては子供──すなわち俺をよこせと、しつこく迫ったらしかった。

 それでも母は頑なに拒否し、数年そんなごたごたが続いたが、その間に父が再婚し新たに子供ができて、それが男の子だったから、俺の事はまたすっかり忘れられた。

 本当に勝手な話に、俺もその事を知った時は腹が立って仕方がなかった。

 だから俺は父親と会う事もなく、半分血が繋がった弟にも会った事はない。

 俺とは全く関係がないし、会ってたまるかという意地もあった。

 でも、同じ父親を持ちながら、弟とは境遇が全く違い、不公平さは時々感じてしまう。

 母親には感謝はしているし、贅沢をしなければ充分暮らしていけるお金も稼いでくれているのは判っているが、やはり母子家庭という不自由な部分を感じてしまうのも本音だった。

 父親は大きな病院を経営している医者であるし、それなりに地位もお金も持っている。

 俺はそれを知っているから、負けずと勉強を頑張って将来は見返したいと、言わばあてつけのために医者を目指していたが、苦労している母親を見ていたらそんな悠長な事もいってられなくなった。

 全てを犠牲にして俺を育て、我武者羅に働いてきた母親の事を考えると、これ以上お金の事で迷惑はかけられなかった。

 かといって、今更父親に援助してほしいなどと、虫のいいことなどいえないし、こっちからも頼みたくない。

 ただ、自分より後に生まれてきた腹違いの弟が羨ましい。
 苦労なく好きなだけお金を与えられて、贅沢に暮らしている事だろう。

 そんなことを考えていると、お皿に乗った苺が視界に飛び込んできた。
 水滴がついた真っ赤な苺は瑞々しかった。
 それを一つつまみ、口に運んだ。

 さっきまで悲観になっていた気持ちが和らぐほど、それは甘く口の中でジューシーに広がった。

 赤いものを見ていると、ノゾミの真っ赤な顔も思い出す。

 あいつが本当に一億円を用意してきたら、俺の今の心配事もなくなるかもしれない。
 一億円か。

 確かに魅力のある金額だ。

 そんなの簡単に手に入るとは思っていなくても、それを手にしてみたいと次第に欲しくなってくるから、ちょっとだけ期待してしまった。

 本当にくれるのなら、何でもノゾミのいう事をきいてやるし、3ヶ月間、お望み通りに彼氏を演じてもいい。