その晩、買い物袋を提げて母親が仕事から帰ってきた。

 俺はすでに自分で適当に夕飯を済ませて、台所のテーブルで本を広げて勉強をしていたところだった。

 1DKなので、俺の部屋はなく、勉強する時はこのテーブルを使うか、休みの日などは図書館を利用している。

 たった二人の母子家庭だから、贅沢なことは言ってられない。

 無駄なものを抑え、あるものを有意義に利用していかなければならなかった。
 夜勤もある仕事の忙しい母は留守がちで、自分の部屋がなくとも別に困りはしなかった。

 テーブルの端にスーパーの買い物袋を置き、台所の隅においてあるゴミ箱からはみ出ているカップ麺の容器を一瞥して、母は俺に話しかけた。

「ごめんね、遅くなって。まだ食べたりないでしょ。今から栄養のあるもの作るね」
「冷蔵庫の中の残り物も勝手に食べたし、大丈夫だから」

「そう。じゃ、果物でも食べる? これ好きでしょ」

 買い物袋から、苺のパックを取り出して、笑顔を添えて俺に見せた。
 艶を帯びた真っ赤な粒ぞろいの苺。

 目の前に差出されれば、仄かに甘い香りが漂ってくる。
 俺は素直に頷いた。

 母はそれを手にして、シンクに持って行き、ボールに移して水洗いする。

 黙って一つ一つ丁寧にヘタを取っている母親の後ろ姿が、以前よりも小さくなったように思えた。
 
 母は、息子の俺がいうのもなんだけど、この年にしてはきれいな方だと思う。

 若い頃はモテたと思う。
 ただ男運が悪かった。

 俺が生まれる前に父と離婚した。
 俺は父を知らずに女手一つで育てられた訳だ。

 その俺の父というのが、酷い話で母と結婚していながら、よそで女作って浮気をしていたらしい。
 
 それが一人ではなく複数らしく、発覚したとき母が姑に──俺の祖母にあたる訳だが──相談すれば、中々子供ができないから浮気されても仕方がないと、反対に嫌味を言われ、母は辛い思いをしていた。

 そこは跡取りを求めていたから、子供が中々できない母が疎ましく、姑は外で子供ができる事の方を望んだのだろう。

 姑の望み通り、浮気相手が子供を身ごもったことで、母は父からも姑からも離婚をお願いされた。

 浮気する父にも愛想を尽かしていたから、すぐさまそれに応じて慰謝料貰って離婚したが、皮肉なことにその時母も俺を身ごもっていた。

 それがわかったのは離婚が成立してからだった。