王宮に勤める馬丁は、出産を控えた馬の様子を覗きに王専用の馬の厩舎へ来たところだった。あと数日で生まれそうだな、と考えながら、無事に仔馬が生まれてくることを祈った。生まれた仔馬はファビアンとケイトリンの結婚祝いに王からの贈り物となることが決まっている。責任の重大さにこの数日間緊張がとれない。男は馬の無事を確認しほっと胸をなでおろすと、自室へ戻ることにした。


 明日からは馬小屋に泊まり込みなるだろう。そう考えながら小屋を出たところで、ふいに黒いものが視界を横切り、男はドキッとした。その方角にあるのは王子たち用の馬の厩舎だ。見間違えだろうと自分に言い聞かせたが、一瞬、盗賊ではないだろうかと言う考えが思い浮かんだ。


 そういえば、城下では、仮面の盗賊が出現しているらしい。噂によれば貴族たちから金品を強奪し、貧しいものに分け与えているという。男は恐怖を感じつつも、王族の馬に何かあれば大変だと思い、恐る恐る向かいの小屋へ入った。


 足を踏み入れるなり、おや、と彼は首をひねった。煙の臭いがしたからだ。たった今、明かりを消したばかりのようだ。


「だ、誰かいるのか?」


 男は明かりを頭上高くかざして大きな声で呼びかけた。馬小屋の中には誰もいなかった。薄暗い中で一頭ずつ確認する。ふいにその中の一頭の身体がしっとりと汗をかいているのに気付いた。こんな夜中に誰かが馬に乗ったのだろうか。四歳の黒い牡馬。それは、レイフ王子の馬だった。