ケイトリンは上半身を起こした。ただでさえ背の高い男を座ったまま見上げるには、かなり首を曲げなくてはならなかった。


「レイフ様? 誰だそれは。待ち人でもいたわけか。王太子と婚約しておきながら?」


 ケイトリンは、声を潜めて周囲をうかがった。自分があげた大きな声でだれかやってくるかと思ったが、静けさが破られることはなかった。


「あの、本当にレイフ様ではないのですか?」


 ケイトリンはレイフの全身を凝視した。薄明りの中で、目もとを黒い布で覆った彼の顔ははっきりとは見えない。宮廷舞踏会の日と同じ黒い服を身に着けていても、まったく違った雰囲気だ。それでも、ケイトリンは自分が無意識にレイフの名前を呼んだことが答えの気がした。


「何かあったか?」


 ケイトリンの質問には答えず、レイフは寝台の脇に膝を着く。急にレイフの顔が近づいて、ケイトリンはとっさに布団を握りしめ胸元にたぐり寄せた。


「なにもありません」


「嘘をつけ。泣いていただろう。子猫のようにすすり泣く声がしていたぞ」


「そ、そんなことありません」


 ケイトリンは、慌てて頬をぬぐった。すると、目の前にすっとレイフの腕が差し出される。不思議そうにレイフと目を合わせると、彼は握りしめた指をゆっくりと開いた。


「これ!どうして!」


 そこには、母親の形見のペンダントがあった。ケイトリンの青い瞳がその蒼玉に負けないくらいきらきらと輝く。レイフはそのペンダントをケイトリンの手に乗せると外側から包み込むように握らせる。