先ほどまで楽しげだったファビアンの顔から急に笑みが消えたので、ケイトリンはわずかに不安を覚えた。ファビアンは手にしていた宝石をケースに戻すと、ケイトリンの正面に立ち、彼女を見下ろした。


「確かに、僕たちの結婚式には多額の費用がかかる。それはすべて、民の税によって賄われている。結婚することになれば、当然、臨時の出費があるし、足りなければ税が上がることだってある」


「税が上がれば民が苦しみます。私は豪華な式など望みませんし、もしもファビアン様がそれでよければ」


 ファビアンが意外にも自分の言いたいことをすぐに理解したようだと感じ、ケイトリンの顔が明るくなった。しかし、ファビアンは表情を変えない。


「でもね、ケイトリン。考えてごらん。僕はただの民とは違う。国王アルフォンスの一人息子なのだよ。この国を背負って立つ人間だ。つまりはこの国の顔ということだ。貿易相手の国々からだって、国賓を招いているのだよ。そんな中で、この僕の結婚式が貧相なものだとしたら、どうなる? 諸外国から馬鹿にされたら・・。我が国の国力がこの程度なのかと下に見られたら・・。どうなるか、よく考えてごらん」


「それは・・」


 ケイトリンは、ファビアンの言葉に何も言い返せなかった。諸外国から自分の国がどう見られるかなど、考えてもみなかったからだ。


「どうやら今日は、宝石を選ぶ気分ではないようだね。でも、花嫁衣装が間に合わないと困るから、そちらはきちんと採寸をしてもらいなさい」


「・・はい」


 ファビアンが別人のように見えて、ケイトリンは目を合わすことができなかった。


「あぁ、ケイトリン。難しいことを言ってしまったね。お願いだから、そんな風に悲しそうな顔をしないでほしいな。僕は君の笑っている顔が好きなのだからね」


 笑って、と言われて作った自分の顔が笑顔になっていたのか、ケイトリンにはわからなかった。


 別れ際、ファビアンは来た時と同じような笑みを浮かべて見せていたが、ケイトリンには、それが今までとは違う大人の表情に思えた。