「姉田」
コーナーを曲がる直前、そんな声が聞こえた。
こんなに離れてるのによく響く。
気付けば振り返ってる私がいて。
でも部長と目が合わせられない。
長い廊下の端と端で向かい合ってるのに、合わすことが出来ない。
部長は、私を見てるのかな。
いまどんな瞳をしてますか?
やっぱり見下すような?馬鹿にしてますか?
「姉田、ごめんな」
「え?」
顔を上げた。そして目が合う。
ドキリと不覚にも高鳴った。
──っ。
今まで見たことのない瞳だった。
優しかった。私がほんの少し願っていた優しい視線。
「あれは無かったことにして。本当にごめん、悪かった」
その姿に部長らしくないって思った。
私に向かって頭下げるなんて。
そして、顔を上げた部長はふわりと笑う。
な、に。
心臓に悪いですよ、それ……。
「もう、姉田とは会うことないから。安心して仕事に励めよ。痛い思いさせて悪かった」
サラッと言ってのけた鬼口部長。
もう彼の姿は無くて。
私はただその場で固まった。