先輩とは、あれから何もなくただ抱きしめられるだけで、時間はあっという間に過ぎていった。
玄関をでて先輩を見送る。
「いろいろご迷惑おかけしました」
「なに急に」
「お見苦しい姿見せちゃったし……」
視線は足元に移って、小さな石ころを遊ばせた。
「じゃあ、一つお願い聞いて」
雨音ひとつもしない中、先輩の落ち着いた柔らかい声が響く。
「俺も名前で呼んでほしい」
「ぇ」
「これから名前で呼んで」
ド直球な言葉に反応が鈍くなる。
ダメかな……だなんて言っちゃうあたり本当にずるいですよね、先輩。
そんな顔されちゃったら……。
「け、けんた……先輩っ」
無理だーーっ!
いきなり呼び捨て、しかも『先輩』抜きは尚更無理!
「……まだ、名前で呼ばなくていいや」
「へ?」
「徐々に言わせていくわ」
「ええ!?」