大学を終え、綾乃は誰もいない家に一人でいた。
いつも、ほとんど、この家には誰もいない。
父も、母も、姉もみんな仕事をしている。

その事が綾乃にとっては救いだった。

家の中に電話の音が響いた。

(誰?)

チラリと電話の方に目を向けたが、すぐにまたソファに深く沈み込んだ。

しばらく鳴りやまないコール音に少しの罪悪感を感じながらも、綾乃はただ電話が着れるのをひたすら待っていた。

静かになった部屋にホッとしたのも束の間、その次は綾乃の携帯が鳴った。

(誰?何か急ぎ?)

携帯も知っている人からの連絡となれば急ぎの要件かもしれない。
仕方なく、すこし躊躇するも、携帯を手にした。

【父】

(お父さん……)

見たくはない文字だったが、盛大にため息をつくと綾乃は仕方なく通話ボタンに押した。

「もしもし」

『綾乃か?どこにいる?』

(私以外に誰が出るの?)

そんな事を思ったが、特に声音を変えることなく綾乃は答えた。

「家だけど」

『頼む!急いでお父さんの部屋に行ってくれ!」
そんな綾乃に構う様子もなく、かなり急いだ父の様子に、綾乃は仕方く父の部屋に向かった。

「お父さんの机の上に封筒あるか?茶色の?」
綾乃は父の机に目をやった。

(これか)

「あるけど…。」
綾乃は嫌な予感がして言葉を止めた。

『頼む!すぐにタクシーで会社まで持ってきてくれ!」

(やっぱり……)

「今、忙しいんだけど……」

『それがないと、今日の仕事が進まないんだよ』

「そんなこと言われても……」

その言葉をかぶせるように、父は言葉を続けた。
『今すぐだ。タクシー使っていいから!すぐに!』

一方的に電話を切られ、綾乃は立ちすくんだ。

(絶対に踏み入れたくないのに)

ギュッと唇を噛んで茶色の封筒を見据えた。