バレンタイン当日…


美紗は、優子と一緒に、手づくりのチョコレートクッキーを焼いてきた。


「はい、みんな」


「おっサンキュー!これ本命?」


と、隆志。


「本命は、みんなの前で渡さないだろ」


実はこの時、俺は少し期待していた…


美紗は本当は、もう一つ隠し持っていて、後で二人きりの時に渡す気じゃないかと……


そんな妄想をしながら、隆志と帰宅している途中…


「あの…すいません…」


他校の女子生徒だ。


「『seraph』の、柳瀬さんですよね?」


「…そうですけど」


「空、先に行ってるぞ」


隆志が気を利かせ、そう言った。


「…あの、これ…よかったら食べて下さい!」


そう言って、チョコレートを渡すなり、女子生徒は走り去って行った。


「………」


「人気バンドのギターさんは、モテるのね!」


美紗と優子だ!いたのか?!


「そ、そんなんじゃ!」


「じゃーねー!」


置いて行かれた…




それから、結局隆志と合流することはなく、俺はまっすぐ家に向かった。



「あれ美紗だ……美紗ぅ!どうした?」


何やらゴソゴソとやっている…


美紗が取り出したのは、綺麗に包装されたチョコレートだった…


美紗は、俯き加減で言った。


「……空君には…他のみんなより仲良くして貰ってるから、特別に用意しといたの」


「…あぁ…ありがと…」


「じゃ、優子が待ってるから」


そう言うと、美紗は走り去った……


どう解釈したらいいものか、解らなかった。


さっきの女子生徒も、美紗も、肝心なことは、何一つ言わずに去っていく。


ただ、嬉しかったのは、確かだ。


実際のところ、美紗がくれたチョコレートの意味が、どんなものでもよかった。


俺は家に入るなり、すぐに封を開け、チョコレートを食べた。


昼間、学校で渡されたクッキーと同じく、それは手づくりだった。


「……甘い」


俺と美紗は、こんな風に、甘い関係になれるのかな…