俺達は、二時間程で店を出た。


俺は、美紗に、色んなジャンルの歌をリクエストしたが、どれを取ってもプロ級だった。


大体の場合、何曲かは、しっくり来ないものがあるはずだ。


しかし、美紗の歌は、どんな曲にもよくあっていて、しかも、自分の持ち歌の様に唄い熟していた。




店を出てから、少しの間、二人っきりの時間が持てた。


隆志と優子が、お互いの共通の趣味でもある、熱帯魚の店に入ることにし、俺達二人は、外で待つことにしたのだ。




「いいなぁ…才能持ってる奴は…」


美紗は一度、親戚に勧められて、オーディションを受けた事があるらしい。


割と有名なレコード会社だったらしいが…


結果は、合格。


美紗は当時、受験も控えていたし、プロを、それ程までは熱望していなかったため、合格を辞退したという。


俺は、美紗に、嫉妬に近い感情を抱いていた。


ここまでの才能があるにも関わらず、何故プロを目指さない?


しかも、一度は掴んだ夢なのに…


俺なら、そうはしないだろう…


少しの沈黙を経て、美紗が口を開いた。


「いきなりで、変な質問かも知れないけど……空君は、好きな人いる?」



俺は、ドキッとした。


好きなのは、君です…


今の段階では、決して口に出せない一言…


言葉を返さない俺に、美紗は続けた。


「実は私ね、初恋の男の子のことが、まだ好きなの…新しい恋をしてないからかも知れないけど…」


俺、まさか、想いを告げる前から…フラれた?


「その子は同い年で、私の記憶は、その時から止まったまま…」


じゃあ、俺は、太刀打ちできないんじゃないか?!


「やっぱりプロになると、一般人とは、中々会えなくなるのかなぁ…って考えちゃう。実はそれが、合格を辞退した一番の理由なの…」


「その…初恋の人っていうのは、今、どうしてるの?」


「実は、会えなくなって、もう何年も経つんだけど、やっぱりまだ好きなんだ…」


美紗はプロの歌手より、恋を採ったのだ…


若すぎる年齢で芸能界入りし、初恋の相手と二度と再会できなくなるのが嫌だった…