ちょっと戸惑ったけど、優さんの綺麗な顔は微笑んでいる。
その顔に、ドキドキする。
「いいの?」
「ああ」
二人で歩き始める。
手を繋いで歩いた日を思い出すが、今の二人は距離がある。
すれ違う人を避けるときに、ちょっと距離が縮まる。
ちょっとぎこちなさとドキドキする身体を感じながら、気にしない振りをして話しかける。
「もう、卒業したんだね?」
「一応な」
4月からは?と聞きそうになるが、聞かないことにして、話をしようとすると、優さんが口を開いた。
「俺、前に箏の発表会観に行っただろ?
あのとき、ビックリして、言葉がなかった。
毎日でも遊びたかったけど、お前はしっかり自分のしたいことに向き合ってるって知ったから。
俺は自分の将来が決まってるから、勉強はしてたけど、兄貴の補助で家の会社に勤めるくらいにしか考えてなかった。
お前の向き合い方に考えさせられた。
今もこれからも俺が俺であるのはお前のおかげだから、お前に会えて良かった」
歩きながら、前を見たまま目を開いた。
「お前といつか、きっとまた会う日があるだろう。
その時まで、お前らしく幸せでいてほしい。
歌織、ありがとう」
いつもより低い声が、私にだけ響いた。
まだ優さんが好きなこと、私が逃げただけだからって、伝えることは、もう、一生ない、胸が苦しくなった。
「ただ、マイペースなだけよ?
またいつか、会ったときにはキレイになってるから、間違えないでよね。
優さん、ありがとう」
駅前に着いていた。
優さんの顔を少し見上げて言う。
「じゃあ、またね」
「おう」
笑顔で言って、私は振り向かずに、駅に向かった。
17歳、もうすぐ高校3年生になる。
それから、優さんに会うことはなかった。
第3部 完 第4部へ続く