すると真咲はベンチから立ち上がり、噴水に近づいた。
お、興味もったか。
そう思ったのもつかの間、真咲は俺に向かって水をかけてきた。
「うわっ、やったな~」
それからは水のかけ合い。
カップルが海でよくやるようなシチュエーションと同じような感じで。
ふと真咲を見ると、
「___っ」
目を見開いて、声にならない声で驚いた。
だって、
「真咲が……笑った…?」
今までほとんど表情を変えることなかった。
したとしても不愉快そうな顔。
そんな顔で今まで俺と接してきた真咲が、笑った。
しかし俺が指摘したせいか、真咲の顔は元に戻ってしまった。
もう一度、見たい。
そう思った俺は、真咲に近づき、両手で真咲の顔をガシッと掴んだ。
「もう1回笑え」
かなり横暴だったと思う。
でも、そうしてまで見たかった。
「笑えって言われても笑えるわけないでしょ」
「真咲の笑ってる顔、初めて見たからもう1回だけ見たい」
「私、たぶん笑ったの初めてだから無理」
ここだけは譲れない、そう思った。
だが、ここで思いついたのだ。
「……分かった。じゃあ俺がこれからたくさん笑わせてやるよ」
俺が真咲をこれから笑わせてやるっていうことに。
ああ、そうか。
俺、真咲のことが好きなんだ。
きっかけはただの興味だったかもしれない。
俺のことに興味がないって珍しい奴だなって。
でも、明らかに今まで接してきた女たちとは違う感情を抱き続けてきた。
きっとこれが好きってことなんだと思う。
俺の中にあったわだかまりがスッと消えたような気がした。
好きという気持ちは自覚した。
あとは、真咲を振り向かせるだけだ。
「秋」
ある日の朝、俺は登校して廊下を歩いていたら、誰かに呼び止められた。
聞き覚えのある声だな。
そう思って振り返ると、中学の同級生の紺堂美月がいた。
「美月……?」
「久しぶり」
「ああ。何?俺に用事?」
顔を合わせるのは卒業式以来だ。
俺は中2の途中で遊びを止めてから勉強して、そこそこ偏差値の高いこの高校に進学した。
比較的不良が多かった中学だったから、この高校に進む人は少ないと思っていた。
だから、まさか美月も同じ高校だとは思わなかった。
「秋って今気に入ってる子いるの?」
そう聞かれ、真っ先に真咲の顔が浮かんだ(決してダジャレではない)。
「気に入ってるっていうか……まあよく一緒に行動してる子はいるよ」
美月に知られたくないから、好きだということは伏せておく。
「その子って柚原真咲ちゃん?」
……名前まで知ってるとは思わなかったな。
「…………ああ」
情報は確かなんだろう。
否定することができなかった。
「そんなこと聞いてどうする?」
「一応、確認のため」
怪しい。
何か企んでる気がする。
「何が目的だ?」
俺は先手を打つことにした。
「あ〜、その様子だと分かっちゃったか。私が何をしたいのか」
ということは真咲に何かするつもりなのか。
「真咲に手出すつもりか?」
「あら、わかってるじゃない」
「それだけはやめろ」
「へぇ〜……よっぽど大切なんだ……。じゃあ、私の言うこと聞いてくれる?じゃないと柚原真咲って子、どうなるか分からないよ?」
くそっ、完全に脅迫じゃねぇか……
でも、真咲に危害が及ぶくらいなら……
「……分かった」
そう、返事するしかない。
「じゃあ、私が呼んだらちゃんと来てよね」
そう言って、美月は立ち去った。
何か厄介なことになりそうだな……
美月は……俺の遊び相手だったやつの1人だ。
たぶん、真咲に気があることは薄々気づいてるはずだ。
本命を見つけた俺が気にいらないのか……?
……美月のやりたいことが分からない。
教室に行って真咲の席を見ると、鞄がかかっていた。
もう学校に来てるのか……
すると、
「よぉ秋!おはよ〜!」
同じクラスの祐(たすく)が声をかけてきた。
祐は高校生になってから初めてできた友達だ。
「おはよう」
「あ、そうそう!真咲ちゃん、何か誰かに連れて行かれてたぞ?俺の勘だと何か起こりそうな気がする」
は?
真咲が誰かに連れて行かれた?
「誰に?」
「ん〜……複数!」
「どこに?」
「あの方向だと……屋上かな?」
「サンキュ」
俺は一目散に屋上を目指した。
屋上の前まで来ると、扉が少し開いていて、声が聞こえてきた。
「しらばっくれないで!長谷川くんと仲良くしてるのを何人も見てるんだから!しかもこの前なんて一緒に買い物したり、公園に行ってたみたいじゃない!」
俺の話?
しかもすげぇ情報網だな。
聞いていると、言い争いはどんどん白熱していく。
これはまずい展開だな。
止めに入ろう。
そう決心して屋上に足を踏み入れた時、
「あんた、生意気なのよ!」
真咲に向かって手を振り上げていた。
危ない……!