突然のことで抵抗もできず、シルディーヌは引っ張られるままにアルフレッドの胸に飛び込んでいた。
そして何故かそのまま腕の中に納められてしまい、一瞬頭の中が真っ白になる。
どうしてこんな事態になっているのか。
戸惑い、疑問符がいくつも浮かんでしまうが、不思議なことに抵抗しようとは思わない。
それは、シルディーヌを引き入れた強引さとは裏腹に、体を包む腕からは優しさを感じるからだろうか。けれど……。
「ったくお前は、部屋の前まで来たなら、さっさと入って来い」
恐ろしいまでに低い声が頭上から聞こえ、朝っぱらからとても機嫌が悪いと分かる。
「だ、だって、考え事してたんだもの。止まってしまうのも、仕方ないでしょう? でもどうしてアルフは、私が廊下にいるって分かったの?」
田舎の子爵家とはいえ、シルディーヌは貴族令嬢。
淑女のたしなみとして、いつなんどきもしとやかに歩いている。
そのため靴音はせず、あったとしても微々たるものだ。
だから部屋の中にいたアルフレッドには、シルディーヌの足音は聞こえないはずなのだ。
「俺は、騎士だぞ。部屋に近づく者の気配を感じ取るくらい簡単だ。特にお前は、能天気な気配がだだ漏れだからな。すぐに、分かる」
「失礼ね。全然能天気じゃないわ! 毎日ちゃんと、いろいろ真面目に考えているもの!」