シルディーヌは旗のはしっこを掴み、そろそろと広げて見てぎょっとし、慌てて手を離した。


「ここ、西宮殿じゃないじゃない!!」


シルディーヌはわなわなと震える体をなんとか動かして、そろそろと後ずさりをする。

背中に冷汗がたら~りと流れる。

ここは立ち入り禁止と言われている黒龍騎士団本部がある南宮殿。別名『黒龍殿』だ。

規則を破ったのは勿論いけないことだが、それはさておき、せめてこの部屋の主に見つかる前に廊下に出なければいけない。

ここはきっと、一番偉い人、騎士団長の部屋に違いないのだ。

見つかるのが部屋の中か廊下かで、印象がだいぶ違うはず。


「と、とにかく、出なくちゃ!」


黒龍騎士団とはこの国きっての荒くれ者が揃っていて、それをまとめる団長は敵を完膚なきまでに叩きのめすという鬼神のごとく恐ろしい人。

そして、シルディーヌにとってはこの世で一番会いたくない人でもある。


もっと早く気づけばいいのに!と自らを叱りながら、急いでモップのある位置まで戻る。

幸いなことに荒くれ騎士団員は皆留守のよう。

きっと出動しているのだろう。このままこっそり抜け出せば、きっと大丈夫だ。


急に戻ってこないことを神に祈りながら、モップを持った、そのときだった。


「ほう……留守中、この俺の部屋に忍びこむとはいい度胸だ」

「きゃっ」


背後から、地の底から響くような低い声がし、シルディーヌの体が縮みあがった。

あまりに恐ろしくて、振り向くこともできない。